平成15年7月15日、新政クラブ会派研修視察に於いて「大宰府天満宮」の門前町における街づくりについて調査を行ってきた。(太宰府市ホームページ)
この調査では、まもなく進み始める新都市拠点整備事業において「歴史を感じさせる街づくり」というタイトルがついていることに対する調査研究の一環として行っているものの内、福岡市における調査の事前時間を利用して行ったものである。

この鳥居を写真奥からのぼってくるとそこに天満宮があるわけだが、写真正面にある3階立ての建物など、現在の消防法では問題となるような作りの建物が多い。

右の写真がこの参道を下から見た写真である。当然のごとく電線は地中化埋設されているので風景の中では気にならない。

その電線地中化した後のボックスが地表に出るのだが、ここではそれらをタイル張りのボックスで飾り、装飾の一部としている。また中には皮付きの丸太を半切りにした木で覆ったボックスも見られた。
このようにして景観に配慮している所がさすがに北九州地区随一の観光地と成っている所以でもあろう。
タイルゆえ一部はげている所も目に付いてのだが、これも南国のおおらかさからなのか。

町並みについてはこの写真のように「ひさし」を上手に利用し、全体としてなんとなくしっくりとまとまっている。
特に通りに面した部分には「木」が多用されている、このことが安心感をもたらすのであろうか。
この町並みは戦災にも遭うことなく現在まで続いているそうだ、一歩裏手に入るといったいはのどかな田園風景が開けている。

元来は大宰府に勤めている宮司さんたちの住居が立ち並んでいたようであるが、それらを改修することなく当初より土産品店として作られたようである。一部次に記載する「松屋」さんは、もともと旅館であったそうだ。幕末に京都清水寺成就院の和尚で「月照上人」が西郷隆盛を頼って西下の折、この旅館に投宿した事でも有名である。
その頃には次の写真のごとく水路があり、この門前の道幅はもっと広かったようである。西郷隆盛や坂本竜馬と言った人々がその水路の脇をとおったに違いない。
現在この水路は、参道中ほどにある和装店の入り口でこの写真のようにガラスのふたをしてあり、誰でも見ることが出来るようになっている。



尚、この参道に至る遊歩道は、ラバーチップが固められており実に歩きやすかった。色彩としてはこの石畳と同様のグレーであった。
このようにして大宰府の研修は終了したのだが、実はここ大宰府に来た折り、最初に支払ったのは駐車場利用税(特別目的税と思われる)であった。金額は小型バス一台につき500円。これは環境税と言うことで市役所(太宰府市)が通常の駐車場利用金とは別に500円を徴収していたのである。
そしてその領収書には「歴史と文化の環境税」と書かれている。
果たしてこの税金によってどの施設が(市の施設が)どのように変化したのか、もしこれが目的税であるならば、しっかり公表すべきであろう。
このような税に対しては例えば今回のようにバスで10人が移動していればあまり問題にならない金額である、しかしこれにより太宰府市は年間6千万円の収入を上げているそうである。するとその資金使途を掲げて情報開示して欲しいものである。すくなくともこの金額を支払うのは地元の人々ではなく、他からわざわざ来た人たちであるならば尚の事と感じたのだが。
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