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北海道石狩市

石狩川の空間利用について

平成22年7月23日 新政クラブ視察記録

7月22日・帯広市 中心市街地活性化事業としての屋台村 → 23日・石狩市
石狩川視察
石狩川今昔

石狩市は人口6万1千人ほどの町で、札幌市の北に位置している農業及び漁業が産業の中心となっている人口増加都市である。なぜ人口増加しているのかと言うと、すでに200万人の人口を維持しながら発展している札幌市の隣に位置しているため、一部ベッドタウン化が見られるという事であろう。また、都市近郊農業地帯として他の北海道地域とは少し違った様子を呈しているのが特徴だ、ここでの近郊農業と都市化の動きは甲府市もずいぶん参考になる事がある、しかし甲府市と首都圏の間には笹子峠と小仏峠が横たわっている。

石狩川は流域面積全国第2位、本流の長さは全国第3位のわが国屈指の大河であり、北海道を開拓しようという意欲に燃えた人々は、この川を伝って札幌周辺の豊平川合流地点あたりにたどりついている。なぜこの泥炭湿地帯が人々にとって暮らしやすい台地と映ったのであろうか、おそらく住宅建設などの資材を運ぶのに適した水路としかこの石狩川は映らなかったに違いない。明治中期にはじまる石狩川との戦いは実に平成22年で100年を迎える戦いとなっている大事業となってしまったのだ。

石狩川視察
排水用水門

実際現地で見るこの石狩平野はのどかに広がる穀倉地帯としか映らないが、ここまでに至る苦節は一言では語りきれないものがある。現地「石狩地区防災施設、川の博物館」でパネルなどで詳しく展示してあるのだが、一言で言ってしまうと蛇行している河川の直線化によって現在の石狩川(267キロメートル)は40キロメートルも短くなってしまっているとの事だ。その上このあたりでの平均地下水位が2.6メートルも下降していると言う、札幌市内には能力1,000トン/分クラスの排水ポンプが数か所設置されていて、内水と化す雨水を強制的に排水している。この様な努力の結果が今日のこの景色になっているのかと思うと、自然に立ち向かう人間の力もまんざらではないなとさえ思えてしまう。

私たちは国土交通省北海道開発局様の厚意により、巡視船(河川巡視船であり乗員は22名が定員となっている)によって河口近くまで下り、途中河川改修に関する説明を聞く事が出来た。

石狩川視察
映画になった灯台

河口手前では石狩市が市民と協働で作った「石狩河口パークゴルフ場」を川上から視察し、およそ25,000平方メートルの敷地を北海道開発局の手で砂利の撤去と土入れ、及び市と市民によって3年がかりでゴルフ場に作り上げたという話を聞く事が出来た。ちなみにここの維持管理費は、行政補助金が50万円で残りは利用料と言う形で市民から頂いているとの事。一人1回100円程度だと言うが、ごみ一つ残さずきれいに使っているようである。さすがに自らの力で作り上げたという気持ちがそうさせるのだろうか。周囲の土手なども傾斜が緩やかで広々とした空間に作られている、もともと湿地で居住に適した場所ではなく周辺人口が少ないせいか贅沢に作られているなと感じた。水辺の境界線には芦原が広がり、自然の姿を残しつつ水質浄化に努めていると言う。湿原環境の保持を推進している場所と洪水緩衝帯としての遊水池、そして人間が楽しめる場所としての河川敷という相反する課題を実に上手に組み合わせてあると感じた一帯である。

石狩川視察
巨大な水門 厚さは1メートルほど

船は新たに開削した放水路を通ってその様子の詳細を説明を受けた。ちなみに石狩川は平野部に入ると河口までの高低差は数メートルほどしかなく、そのため発生する水害と言うのはほとんどが内水による冠水被害であり、甲府市や山梨県などで見られる土石流を伴う水害とは全く性質が違っているとの事、実際冠水した民家を写した写真は空が青かった、つまり雨が上がっても水は引かないと言う事なのだ。この様な河川が泥炭層の湿原をゆっくり流れるのだから、蛇行していてもおかしくは無い。地域によってそれぞれ違う形ではあるが水害の恐ろしさを改めて感じた。

石狩川視察
ボートハウスと巡視船
 

国土交通省北海道開発局 http://www.hkd.mlit.go.jp/、札幌開発建設部 http://www.sp.hkd.mlit.go.jp/、こちらのホームページの中に石狩川治水100年の様子が詳しく書かれている。詳細はぜひこちらをご覧いただきたい。

視察から帰って札幌開発建設部のページをゆっくり見た。あったパネルや写真はこの物ズバリであり、実に丁寧に説明して頂いたなと感心してしまった。

札幌開発建設部の皆様、石狩市役所の皆様ありがとうございました。

ちなみに石狩灯台は、日本映画「喜びも悲しみも幾年月」(昭和32-1957-年)の舞台になりました。
映画の撮影前の灯塔は白黒の縞模様に塗られていましたが、カラー映画の始まりであったことから、色彩効果を増すために赤と白に塗り替えられた、というエピソードがあります。
石狩市の石狩ファイル/石狩灯台をご参考まで。

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