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韓国淸州市視察報告

友好都市10周年記念訪問交流

平成25年6月26日~29日

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宮島雅展甲府市長、私(市議会議長として)、教育長を含む一行7名は6月26日3泊4日の行程で大韓民国忠清北道、淸州市と友好都市10周年の記念訪問交流のため羽田空港より空路ソウル市金浦空港へ向かった。
淸州市の淸という字は、この地名では月と書かず円と書くのが正しいとの事、いきなりへー、という驚きから始まった。
淸州市視察
羽田を出発するアシアナ航空機(26日 11:00 撮影)
淸州市視察
ソウルへ着いた(26日 14:40 撮影)

天候は残念ながら梅雨の真っ最中ということで青空は望むべくもない、しかし豪雨に見舞われることもなく予定された行程を淡々とこなしてゆくこととなった。
まずはホテルへ直行、すぐに正装に着替えて淸州市議会主催の晩さん会へ向かったが、受け入れ先はクールビズ。
淸州市は人口およそ60万人の大都市で、近々合併を行うと80万人の人口になるという大都市である。私が最後に韓国へ来たのがおよそ25年前、そのころのソウル市をほうふつさせる街並みと、全国での人口が間もなく5千万人になろうとしているという事、淸州市は周りを山に囲まれているがそれほど高い山というのではなく、丘に挟まれた土地という環境。面積は甲府市の半分ほどであるからその人口密度の高さは写真でご覧いただきたい。

淸州市視察
車窓からの淸州市の街並み(26日 17:00 撮影)
淸州市視察
ホテルからの街並み(27日 07:30 撮影)

2日目は朝より淸州市が誇る「古印刷博物館」の視察から始まった。
ここではグーテンベルクが発明したといわれる近代印刷の70年も前から紙に印刷していたそうである。(グーテンベルクは羊の皮であったからプレス機が必要であった)素晴らしい展示品の数々と学芸員のていねいな解説で、実に納得であった。今では「この活版印刷は中国で発明され韓国で実用化され、オランダで普及した」という共通の見解をそれぞれの博物館で持っているそうである。ここには先陣を切ったとか、初のとかは要らないなというのが私の率直な感想だ、それより人類のあくなき追求と技術の進歩に乾杯と行こう。

淸州市視察
古印刷博物館へ到着した一行(27日 08:30 撮影)
淸州市視察
真剣に学芸員の説明を聞く(27日 08:45 撮影)

淸州市視察
淸州高等学校の正面入り口にて(27日 10:50 撮影)

その後淸州高等学校を視察、ここでは日本語を指導している先生からスライドを使って(日本語で作られていた)学校の様子を示していただき、教室へ移動。科学教室、英語教室など専門の教室で少人数づつ分かれて授業を受けていることなどを見せていただいた。韓国は非常な学歴社会になっており、この高校は進学率(有名大学への)も高く、寮も備えてあるという。昼食は給食室でなんと1,500人分を用意しているという、学生は1,200人で教員、事務職員が150~200人、あとは育ちざかりの学生がぺろりと平らげてしまうそうだ。教員や生徒が一斉に食事する姿は圧巻だろう、ちなみに今日の主菜は鳥肉のから揚げのようだ。

その後は商工会議所主催の昼食会。甲府商工会議所と友好関係を締結しているそうで、すでに何度か交流事業を行っているとの事、ここでは中華料理をご馳走になった、淸州市で最も古い中華料理店だそうで、キムチが最初から出ているところはさすが韓国である。
午後の予定は淸州市教育長への表敬訪問。韓国では教員は国家公務員であり、県の教育長が市町村の教育長の人事権を持っているとの事。まさに教育は国家事業であるといった感じでスパッと縦割りの組織体制になっている、当然市長の権限に関する発言は一切出てこなかった。これでも戦後アメリカによって一応の組織が作られた国なのだろうか、我が国とは確実に違っている。

淸州市視察
中央女子高等学校で講義する宮島雅展甲府市長(27日 16:00 撮影)

しばしの歓談ののち私たちは本日2校目の高等学校の視察に向かった。中央女子高等学校という名の女子高であり、こちらも人気が高い学校だという。女子高であっても教育には非常に熱心であり、特に優れた生徒は各学年上位30名が寮へ入ることが許され、すべての費用はかからないという、これでは一生懸命勉強してしまうだろうなあ。
説明を一通り聞いた後、日本語の授業を行っている教室へと向かった。いわゆる第二外国語で選択しているようだが中国語・英語と並んで人気がある科目らしい。市長はそこで日本語であいさつし、黒板を使って授業をしたのだが、生徒は食らいつくようにしてそれを聞いていた。終わってから通訳の方に聞いたところ「ぜひ日本に留学したい」と皆思っているようである、このような情熱を持った若者がいずれ我が国との間をもっと狭いものにしてくれるのだろう。
所定の時間はあっという間にオーバーしてしまった。

さて淸州市市長との晩さん会である。なんとすべての行程を管理しているようで日本食でもてなして頂いた、しかし当然食卓にはキムチが3種類用意されている。刺身の盛り合わせではタイ・ヒラメなどなじみのある魚が盛合されており、「竜宮城ですね」という私の発言で大うけであった。韓国でも日本食ブームで、昨今和食店が増えているそうだが、醤油が韓国醤油(甘みのあるいわゆるたまり醤油に近いもの)だったのが残念だ。この国ではチシャ(えごまの葉)にキムチと一緒に包んで食べろと言われたのを思い出したが、ここではそんな事はしていない、普通に醤油をつけ、あるいはからし味噌をつけて食べるようだ。それにしても内陸とはいえ海まで近く、新鮮さが際立っていたのが印象的だ。 これで公式日程はすべて終わり、なんとなく緊張感から解放されてホテルへ戻ってほっと一息。いささか緊張が故に疲れたかな。

ソウル視察
ソウル市内、ひときわ大きいのは教会(28日 10:20 撮影)

28日は淸州市手配の車でソウルに向けて出発、到着後には光化門広場を歩いて回り、李 明博(イ・ミョンバク)前韓国大統領が市長時代に汚れた川をきれいにし、新たな安らぎの場所を提供したことでたたえられたという現地を見て回った。小さいが滝を作ったことで周囲の気温が下がった事、また現代建設の社長として上り詰めるまでの逸話を聞くにつけ、すべて住民の意向に沿うばかりが行政でなく時には大胆な行動をとることも必要なんだという事を実感した。

その後歩いて回るには数々の規制があり問題もあるという事から、車窓から青瓦台を見ながら、世界遺産の「昌徳宮」へ向かい、大韓帝国最後の皇太子李垠の妃となった李方子(まさこ)様が暮らしていた建物も見ることができた。梨本宮家から嫁ぎ、1989年4月30日に亡くなるまでの間、様々な出来事に遭遇翻弄されたであろう妃は、晩年には社会福祉事業に非常に貢献し、浅川 巧(たくみ)と並んで称される日本人として韓国という異国の地で高い評価を得た人が住んでいたとは思えない質素な住まいに驚かされた。

淸州市視察
浅川巧の墓(28日 13:20 撮影)

その後、韓国最後の視察地としてどうしても確認しておきたかった、前出「浅川 巧」の眠るソウル市の公園墓地を目指し車を進めていただいた。
なぜ浅川巧か
甲府市池田に居住していた小宮山清三という地方政治家がおり、山梨県議会議員として活躍した人物であるがその前には甲府市に合併した旧池田村の村長として政治の道を歩んでいた。
氏は昇仙峡の開発や湯村温泉今日の観光開発に力を入れていたが一番は全国における消防団の普及育成に携わった功績が挙げられる。大日本消防協会を設立し、地域防災を解く偉大な先人であったが一方で高麗青磁などの朝鮮陶器の収集家でもあった。
熱心なクリスチャンであった小宮山は、同じく会員であった浅川巧と親交があり、朝鮮陶器についても助言や指導をしていたに違いない。また、浅川巧は親交のあった柳 宗悦と小宮山清三をひき合わせ柳宗悦のその後の研究課題となる木喰仏に触れさせるきっかけを作った人物でもあるわけだ。
これはどうしてもその墓地を見ておかねばならないという思いで、墓地を訪れたという次第である。
写真にもある通り、浅川巧は植林という重要な仕事でも相当慕われていたようであり、その間の趣味が高じて「白磁の人」という映画にもなったような活躍をして朝鮮民族が大事にしてきたものを世の人々に再び出会うことができるような偉業を成し遂げた人物なのである。

この様に様々な視察や交流を織り込んだ今回の韓国紀行は想像以上の収穫を得て、無事に終了した。
関係各位に心からの感謝をいたします。
2013年6月30日


追記
なぜ1992年にこの忠清北道が山梨県と姉妹道県になったのかと言うと、一番はブドウ、スモモ(漢字で李と書くのだ)の生産地であることだろう。次が海なし県である点、そして面白いのが首都ソウルから淸州市までの距離が日本で東京と甲府までの距離とほぼ同じ130キロである点などが挙げられている。2002年に友情都市提携をしている甲府市と淸州市であるが、昨年予定されていたこの交流事業は国家間の領土問題で双方中断されていた。私的には地方の時代と言いながら、国家間の事件でこのような関係まで飛び火するのは残念なことであると思っている、それが学生たちの交流事業にも影響があるとするならそれこそ不幸な出来事だと感じてしまったのだが・・・。

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