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岩手県・宮城県・福島県

東日本大震災被災地復興状況調査

平成26年1月29・30日 全国市議会議長会正副会長および東北議長会視察記録

私共全国市議会議長会正副会長は、昨年11月に行われた大会の席で要望のあった東日本大震災の復興状況を視察調査するため、スタートを一関市に決め2日間にわたり訪問した。
行程 陸前高田市―気仙沼市―南相馬市―復興庁福島復興局であった。

陸前高田市

陸前高田市視察
陸前高田市役所仮庁舎

 初めに訪れた陸前高田市では、まだ海も見えていないような部分まで津波被害が来ていたという事で驚いてしまった。このような場所でまさか津波と言う衝撃的な事態が襲ってこようとは、住民も想像しえなかったであろう、しかしこれが現実の災害なのだ。

プレハブで作られた市役所庁舎を横目に見ながら被災して解体された酒造店の敷地わきにある仮設の道の駅で休憩。働いている人々は非常に明るく元気であったが、ひとたび遠方に目を向けるとそこには12,5メートルに盛り上げられた新しい台地があちこちにある茫漠とした景色だけが飛び込んでくる。

陸前高田市視察
12.5メートルの土盛り
陸前高田市視察
駅前大通り

駅前大通りの跡は何かむなしく、よけるもののない湾口に吹き付ける風に乗って砂塵が視界を遮っていた。

陸前高田市視察
4階まで津波で破壊された住宅 記念に残す予定

建物4階まで津波に洗われたアパートは建築学的に貴重であるという事で保存することとしていると説明を受けたが、海辺にあった道の駅は津波の圧倒的な威力の前に内部のコンクリートは砕け散り、剥がされていた。非常時には上って津波をよけるために作られていたというが、今回の津波被害はそれをはるかに上回るものであり、階段になっている海側の壁のはるか上にむなしく赤いペンキで記されていたのが今回の潮位であった。

陸前高田市視察
道の駅海側、赤い線が今回の津波の高さ
陸前高田市視察
津波で破壊された道の駅内部

陸前高田市視察
奇跡の1本松と横たわる破壊されたユースホステル

奇跡の一本松と言われている松が復元されているが、その前には無残に破壊されたユースホステルが横たわっている。これが現実の惨事とこれからの希望なのだろう、標高120メートルある小山を40メートルまで切り崩し、切り崩した土で宅地をかさ上げして新たな街を作るという計画の元、ダンプカーで運ぶと10年かかるのでベルトコンベアで3年で運んでしまおうと工事を急いでいる現場に復興の槌音を聞き、抱える問題の多さに一抹の不安とがんばる人々の力強さを感じながら、陸前高田市を後にした。

陸前高田市視察
ベルトコンベア

視察
コンベア

気仙沼市

気仙沼市視察
津波で流された住宅跡

気仙沼市では流された民家の跡を横目に見ながら、当日テレビで映し出された大火の様子が脳裏に浮かぶ中、港の復興に最大の力を尽くしてきたと言う説明を聞いた。

この市街地もリアス式海岸の特徴で平地が少ない中で密集していた住宅街は、一部コンクリートの建物を残して破壊されていた。しかし港湾施設に関してはその再建は思った以上に進んでいるようで、破壊の極みだったろう多くの漁船は新調されたり、あるいは修繕したりして一定の数はそろっているようであった。

人々の暮らしはいち早く屋台村として復活したり、あるいは仮設店舗によって営業されていたりでにぎわいがあるように見えたが、ちょっとした日陰の部分には手が付けられていないがれきなどが散乱しているようで、これから長い苦闘が続くと思われた。陸前高田と同様、気仙沼の町についてもまずは通常の生活が維持できる時点を早く作り上げ、その後は地道な努力を続けることが肝要と思われる。

気仙沼市視察
仮設の屋台村
ちなみに被害の規模は次の通り
 被災世帯死者総世帯被災世帯事業所
陸前高田7,8381,6568,1967,838604
気仙沼26,1051,04163,80326,1053,314
南相馬71,5612,84323,8984,494 

気仙沼市視察
工事が進む港湾施設
気仙沼市視察
コンクリート造りだけが残されていた

南相馬市

南相馬市視察
泊まれない家

南相馬市は今回の視察した市の中にあって少し条件が違う、もちろん地震・津波は同様にあるのだが、もう一つ東京電力福島原子力発電所破壊による放射能被害と言うのが挙げられる。

われわれは市内をバスで移動し、概況を見て回ったのだが、海岸にある農地はこのままでは耕作できないという。1つには津波による塩害があり、もう一つが放射線による被害である。農地は昭和40年代から海岸を埋め立てて造られたもので最近やっと乾燥し、順調に作物の生育が得られるようになってきたとの事である、しかし今回の津波被害でもう一度塩分を除去する必要があり、その上に除染をして放射能濃度を下げる努力をしなければ使えない。

南相馬市視察
仮設住宅

市内では国道6号線を境にほとんどが山側は津波被害がなく、海側は津波の被害が広がっており、市内の耕作地の30パーセントにもなっている。しかも小高区、原町区、鹿島区と分かれている地区のうち小高区は多くが自分の家に帰れても泊まることができない地区に該当している。
これでは生活空間とは言い難い。自身の農地に昼間通って農業をする、そして夜は安全な避難先に戻るという事では商店などは営業が成り立たない。
農地には集められた瓦礫がそのまま置かれ、除染されるのを待っている、住宅では剪定された木の枝などがやはり除染されるのを道のわきで待っている。
このような天災と人災が一度にやってくることになってしまった南相馬市ではあるのだが、人々は早く安心して暮らせるようになるのを待っているのだ。

南相馬市視察
献花黙とう

途中バスを降りて300メートルほど先の崩れた防波堤に全員で向かい、献花して黙とうをささげた。バスからその地点まで全員言葉を発することなく歩き続けたのだが、私自身胸が締め付けられる思いがしていた。

 今回視察した先で説明して頂いた市の職員の方も自らが被災し、仮設住宅に居住しているそうである、そして「この3年、酒の量が次第に増えてしまいました」と言って笑っていたのが印象的であった。

最後に福島市にある復興庁復興局では、全国市議会議長会の要望書を会長が復興局長に渡し、全行程を終了した。


南相馬市視察
がれき焼却場
南相馬市視察
除染を待つ放置されたがれき

南相馬市視察
流された橋
南相馬市視察
1階は津波に流され放置された

(この文章はあくまで私野中一二の個人的に感じたことを書いたものであり、この文章が議長会としての公式なものではありません。2014年1月31日)

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