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佐賀県鳥栖市

サガン鳥栖と行政のかかわりについて

2006年11月07日−新政クラブ会派視察

6日・長崎県長崎市→7日・佐賀県鳥栖市→8日・大分県由布市
鳥栖市視察報告
正面3階の貴賓席からバックスタンドを望む

鳥栖市、人口63,000人、佐賀県の東端に位置し、古来長崎街道と鹿児島街道の分岐点としてその歴史は古く、近代におていは九州縦貫・横断両自動車道が東洋一のクローバー型ジャンクションで交差する場所として、九州の主要都市を車で最大2時間半足らずで結ぶ九州における圧倒的な交通利便性を確保している。

最近でもその人口は年間4〜5千人づつ増加していると言う都市である。但しこれは特急で博多まで20分と言う利便性から考えると、博多が膨張していると言う現象ともいえなくは無いと考える。それにしても旧国鉄時代はここに九州でもっとも大きい操車場があったという事も、この地の利からは十分考えられることであり、それが現在の鳥栖市にあっては九州における流通産業のメッカとなっていることも十分うなづく事が出来る。

そして国鉄の民営化によってその広大な操車場跡地が民間に払い下げられる事となり、そのうちの事業の一つとして「平成5年に起こった鳥栖スタジアムの誘致建設事業」となったことは自然の流れのようにも思えてくる。但しその後の「サガン鳥栖」の揺れ動く運命は、この時点では誰一人として想像できなかったに違いない。

サガン鳥栖の経緯

昭和62(1987)年、Jリーグ発足と同時に浜松にあったPJMジャパンが「PJMフューチャーズ」を創部。平成3(1991)年PJMジャパンから佐賀県サッカー協会へホームタウンの打診、誘致決定。と、ここまでは非常に熱心であったそうだ、しかしこの後佐賀県から鳥栖市へとその事業主体が変更になり、残念ながら全県を挙げてと言う動きではなくなってしまった。

平成5(1993)年鳥栖市にスタジアム建設準備委員会が発足し、市議会において「プロサッカーホームタウン誘致促進に関する決議」を採択。静岡県浜松市から鳥栖市への移転が日本サッカー協会理事会が決定し、Jリーグ理事会においても承認された事を受けて、チーム名を「鳥栖フューチャーズ」、運営会社名を「佐賀スポーツクラブ」へと変更し、同年に鳥栖スタジアムの完成を見る事となった。

その後新チーム名を「サガン鳥栖」と変更し、Jリーグ2部において「バンフォーレ甲府」と対戦し、バンフォーレ甲府の大いなる目標チームの一つになったことはわが甲府市民の間では十分に知る事実なのである。

鳥栖市視察報告
バンフォーレ甲府の選手も使ったアゥエーロッカールーム

しかしその後このチームは親会社が不在となり、平成16年では年間の運営費が3億円前後となってしまったことなどからチームの戦力は著しく減少し、市民チームと言う位置付けもその出資市民が佐賀県全域を巻き込んでと言うわけには行かず、球場が残ってチームはなくなってしまうという危機を迎えてしまう事となってしまった。

市では平成13年には総額で3,600万円、平成15年では3,000万円と言う巨額の補填を続けてきたのだが、勝てないチームに対する住民の理解と言うものはなかなか得られるものではなかったようだ。当然市に対する圧力も強かったと言う。ちなみに平成15年における市議会でのスタジアム使用料減免措置条例の制定では、午前5時ごろまで議会がかかったりと、並大抵ではなかったと言う話を聞いた。

しかしその後、知事が若い知事に代わったことや、新しいスポンサーとして佐賀県出身の会社社長が乗り出してきた事で事態は目下のところ改善し始めていると言う。しかもユースの活躍や、学校へのサッカー教室の講師としての選手派遣など、子供達に夢と希望を与える事業として次第に認知されてきているという。

スタジアムについて

このスタジアムは天然芝9,750平方メートルを持つ球技専門場であり、通常陸上競技場の内側に作られたサッカーコートと違って至近距離での観戦が可能となっているのが大きな特徴だ。敷地面積36,118平方メートル、建築面積10,037平方メートル、観客収容人員約25,000人と言う規模は、サッカーコートとしては一番観戦しやすい大きさだと言う。

鳥栖市視察報告
ボールの目線で左アウェーのスタンド、右バックスタンド

しかもメインスタンド2、3階部分の観客席はその斜度が40度もあり、上からは真下を見下ろすように設計されていると言う事もゲームと一体感を出すと言う事では成功しているのだろう。またグラウンド地下には自動給水装置が施してあり、雨水を貯留してその再利用を図っているとの事だが、実際は現在ではあまり使われていないようで、やはり直接散水しないと乾燥には間に合わないと言う事であった。

芝生は夏芝と冬芝を両方蒔いてあり、時期によってそれぞれが緑のグラウンドサーフェイスを作っていると言う事である。実際グラウンドに下りてみると実に綺麗で、下は全て砂と言うせいか、適度のクッションもあり使いやすそうであった。

ここでは年間プロチームによるサッカーが40回ほど、そしてアマチュアの試合が50回、ラグビー、グランドゴルフ大会などが10回、その他開会式など20回程度と、年間約120回ほど使用されていると言う事であった。しかしコートサイドでは、年間使用回数を100回程度に落とさないと芝生の適正管理が出来ないとこぼしていた。ちなみに会場以来この中での結婚式は10回あったそうである、サッカー好きにはこたえられない結婚式だろうと思ったのだが、雨天時には屋根が無いのだ。

さてこれだけの施設で、土地代約40億円、建物代約60億円。この金額についての議論は止めておこう。

鳥栖市役所の皆様、お騒がせいたしました。「サガン鳥栖」と「バンフォーレ甲府」が、ともにJ1で戦える日を楽しみにしましょう。ありがとうございました。

 
2006年11月12日  新政クラブ事務局  文責 野中一二

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