野中一二のページ | 活動 | 議会 | 街づくり | 環境 | 言いたい放題 | プロフィール | サイトマップ | 掲示板 | ホーム | 戻る

常任委員会視察「まちづくりについて」

茨城県 つくば市の事例

2004年1月23日

つくば市視察
つくば市役所にて

1月23日宿泊地の水戸市から常磐線の各駅停車で約50分、土浦まで向かい其処からつくば市の議会専用バスの出迎えを受けて本日の視察地である「つくば市」に入りました。土浦からつくばに至る道路は1985年に開催された「科学万博」のときに作られた自動車道路で、一般道路の上を高速道路のように直接つくば市に乗り入れることができる道路です。この道路は土浦市には誠に評判が悪いようです、なんと言っても直接つくばに入ってしまうため商店街などには恩恵が無いこと、一般道路の上を高架で通過するため直下の道路は日が当らないことなどだそうです。

つくば市視察
一般公務員用の公務員住宅だそうです

本来のつくば研究学園都市は「桜村」と言う村の中に誕生したそうですが、この村は人口5万人を超える日本一の村だったそうです。その後町村合併を繰り返し、2002年11月につくば市ととなりの茎崎町が合併して現在のつくば市となっているとの事、19万7千人の人口はほぼ毎年2千人づつ増加しているそうです。この都市の大きな特徴は公務員が非常に多いことで税収が安定しているものの新たな税収の増加はあまり期待できないと言うこと、300以上の研究施設が有るのだが其処の職員は1万3千人に対して4600人が博士だとか、つまり工場施設が無いので生産工程のように労働者人口と言うものが無く、製品出荷額というものが無い実に偏った都市の構造となっているようです。

つくば市視察
企業の研究所です。
バスだから中が見えますが乗用車では生垣だけしか見えない

これも当初から「研究学園都市」と言うことで国の特別立法「筑波研究学園都市建設法」に則り当初予算1兆3千億円の巨費を投じて作られた都市と言う特別な理由があるからなのでしょう。研究学園都市というマスタープランに基づいてつくば大学(旧東京教育大学)がここに移転し、現在は1万人を超える学生がここで学んでいるそうですが、学生の多くは自家用車を持ち、学校内の移動には自転車が欠かせない、勿論学内循環バスは走っているのですが1K×4Kという北海道大学に継ぐ敷地の中では仕方ないでしょう。

つくば市視察
上級公務員宿舎一戸建てです

来年には上野からこのつくば市まで常磐新線が開通し、「つくばエキスプレス」が走ることで自動車に頼る以外手段が無かった外部との交通アクセスは格段に向上することとなるでしょう。しかし開通を前にしたアンケート調査によると、つくば大学生の多くは「東京に住んでつくばにはこの電車で通いたい」だとか。上野から45分ではその様に考えるのもなんかうなづけますね。

つくば市視察
つくば大学生用の寮だそうです

最初にこの都市に入ったときに感じたのが「生活感が無い」ということでした。1965年から作られた都市のマスタープランでは当然のごとく「縦横に升目を作り、それぞれの区画ごとに地区割を行ってゆく」と言う手法がとられており、道路は広くしかも地中には共同溝が埋設されていて電線などの地上架線はありえない、ゴミさえこの共同構を使いエアーで数箇所のデポに集められてしまう仕組みになっています。道路は工場が無いことでトラックの通過がほとんど無く、ほとんどが自家用車しかも一人乗りの移動。そしてバスターミナルやアパート群の近くの歩道を見ていても「高齢者の姿を見かけない」のです。これはおそらくこの都市で勤務している人は定年になると自分の故郷に帰ってしまい、つくば市へ定住する人が極めて少ないことが考えられるからではないでしょうか。

つくば市視察
飲み屋街

商店もマーケット形式の大型店などは見かけましたが、いわゆる零細店舗についてはほとんど見受けられませんでした。これは道路を作った折の「沿道サービス」条項を厳しく制限したことと、そもそも人が住んでいなかった場所に新しく街を作ったと言うことがあげられるのでしょう。このような事から生活感を感じさせない街になっているのでしょうが、なんとなく一抹の寂しささえ感じました。市役所の方の説明によると「当初自殺者が多かった、それで飲み屋街を作った」と言う説明をいただきました。いわゆる街には危ない場所が必要と言うのも私の持論です、危ないと言っても命にかかわる危険と言うことではなくなんとなく薄暗い横丁なんかがあって、「ちょいと御兄さん」というような言葉が投げかけられるようなそんな意味ですが、どきどきするような、あるいはわくわくするような場所が必要と言うことですよ。やっぱりこの研究学園都市にもそんな浮世の憂さを晴らすような場所が必要だったのでしょう、通りかかって看板を見たら「有楽町」なんて言葉が目に入りましたから。

つくば市視察
ごらんのように道路には電柱が無い。この下は共同構
つくば市視察
甲府駅北口にできる多目的広場はこんなイメージが欲しい所です。

つくば市の町村合併

余談ですが2002年11月に現在の市域となり、いったん合併は終了した様子です。市役所は分散型で仕方なく運営しているようで、一番大きな建物であった旧矢田部町の役場を本庁舎総務関係として使用していると言うことでした。最後の合併で茎崎町が加わったとき一番問題になったことは職員の賃金体系がそれぞれ違っていたと言うことだったそうです、その是正のため一部職員は降格扱い、給与も減額となったそうです。これに対して地元では致し方ないということだったそうですが、他の地域の職員組合から猛反発があったそうで、結局これから進んでゆく合併に対して給与・待遇が変ると言う事実の波及を恐れたのではないかと言うことだったそうです。この問題やはり全国的に捉えてみると議員の待遇と同時に職員の待遇についてもこれから先問題提起される可能性を十分秘めていると感じました、やはり己が身に降りかかることは心配になるのが常でしょう。

つくば市の視察ではいろいろと感じることが多くありました。我が甲府市の街づくりにおいてもこのような事例は非常に興味深く、参考にすべき多くの点があったことを改めてここであげておきます。

22日、水戸市視察

平成16年1月25日 甲府市議会議員 野中一二
この文書は野中一二個人の視察感想文です。

Copyright(C) 2004 by NONAKA Ichini
野中一二事務所
400-0016 山梨県甲府市武田2-11-19
電話 055-254-4040  FAX 055-254-4042

[UP] [戻る] [視察報告目次] [議会質問集目次] [2003年度] [議会目次]