
高松にあるのに丸亀町と言う名前は、慶長15年(1610)に高松生駒藩3代藩主生駒正俊が高松城主となった時に、丸亀城下の商人をこの地に移して商売をはじめさせたことに由来するといわれている。
現在はアーケードの総延長が日本一(総延長は2.7キロメートルもある)を誇る高松中央商店街を構成する8つの商店街の一つ「高松丸亀町商店街」として隆盛を極めたが、本四架橋の建設や車社会の拡大などによって歩行者の通行量が減少し、空き店舗が見られるようになってしまった。商店街では、そのような空洞化を改善し、生活感あふれる商店街づくりを目指して、再開発事業が行われ、商店街全体を一つのショッピングモールに見立てて、北から順番にAからGまでの7街区に分けて整備し、それぞれの街区のコンセプトにあわせて再開発が行われてゆく。
最初に再開発がはじめられたA街区はヨーロッパの街のような雰囲気を持つように整備され、平成18(2006)年12月に再開発ビルが「丸亀町壱番街」として新たにスタートを切った。

三町ドームは数えること4代目のドームであり、この事業のシンボルとして際立っている。しかも年間200を超える催し(子供カフェ・新車発表会等)が開催される場所となり、まさにこの事業が市民に受け入れられていることの証でもあるようだ。
香川県高松市・高松丸亀町商店街A街区(建物名称:高松丸亀町壱番街)として「高松市都市整備部まちなか再生課」のホームページから「高松市の市街地再開発事業」ページでその事業概要(PDFファイル)は読み取ることができる。
この事業が抱えていた問題
高松市は四国の玄関口として宇高連絡船の発着港であり、県の人口のおよそ40パーセントが集中するすべての集積基地であった。この港と言う立地はフェリーなどによる人・物の流入出の拠点でありスタート地点でもあったのだが、霧の発生などの自然要因で年間の定時定期運航は保証されなかった(だからであろう四国にはコンビニエンスストアがなかった)。

それが平成元(1989)年の本四架橋の開通により坂出市が四国の流入出の拠点となると事態は一変してしまった。同時に自動車社会が一気に四国へと流れ込み、高松市を中心とする5キロメートル圏に1万平方メートル以上の大型店舗が10店も出来てしまう事態となり、その後には大型店同士の戦いが激化し、商店街の構造にも変化が出る事態がやって来た。
結果として従来商店街は空洞化し、特に平成16(2004)年以降の瓦町商店街では空き店舗率が40パーセントを超える状態となってしまった。そこへ大型施設のトイザらスが出来、事態はいっそう深刻な状態となった。一方バブル期にはこのあたりの土地価格は異常なまでに値上がりし、駐車場1台分が6万円は当たり前と言う値段になってしまい、この丸亀商店街にあっても52パーセントがファッション関係業種になり、食料品店はゼロと言う事態にまで追い込まれてしまった。
ちなみに平成18(2006)年では中央商店街空き店舗率は18.1パーセント、休日の歩行者数は134,420人で平成7(1995)年と比較すると67パーセントに落ち込んでいる。

一方今回の視察先である丸亀商店街では、時代の先駆者として昭和58(1983)年当時の商店会長が町営駐車場の建設を推進し、現在では3棟の駐車場を持ち、年間2億円もの収入を上げるようになっているそうだ。
そしてここからの収益を適時配分するのではなく、次の投資として商店街の事業をすすめ、平成2(1990)年にはまちづくり委員会を設置し、結果として表れ始めたのが今回の再開発事業となっている。
視察した現地で気がついたのは、それぞれの地区(A〜G)は周囲の施設との連携を図るべく医療モールであったり、美術館とのコラボレーションであったりと様々なテーマに沿って今後計画が進んでゆくという。確かにそこには高松市美術館があったり、医療施設があったりと、この商店街だけでなく周囲を上手に取り込むような開発における感覚がちりばめてあり、G地区に至っては撤退した銀行の支店跡を商店街で買い上げ、近郊で収穫された無農薬野菜を販売するなどの食料品店をオープンさせている(この販売予想額は当初500万円/月であったが、現在は既にその倍の売り上げを計上するという)。

全体計画は前出PDFファイルで理解できると思うが、A、G地区については特区計画で推進し、その他については地区計画で推進してゆくとしている。そうした中でも特筆すべきは土地の形態を「定期借地権」としていることである、これによって土地評価をすることなく、安価で賃貸することができ、地権者と借地者の合意が得やすいことが最大の利点となっていることである。その期間は62年であり、これは契約後2年間かけて建設した後60年間の借地事業を行うと言う事からこの期間設定になったとの事であった。その借家契約についてはいったん全てを出資会社に移行し改めてそこからテナント契約するという手法を用いることで、全体計画の整合性をとりつつ運営できる様仕組みを作っている。
その他ソフト事業

高松市は自転車の利用が非常に盛んである。この事から商店街の道路については中心部分に自転車専用路を設け、若干高くしたその両脇を歩行者専用道路として一切の自動車の進入を制限している。もちろん開発地域の建築協定でも全面通りから1.5メートルのセットバックを行う事でその部分が駐輪スペースとして効率利用され、歩行者の通行の阻害要因とはなっていない。
そして自転車については「付置義務駐輪場」を設置することで、街の景観を維持しようとしている。町内3か所には地下収納型駐輪場があり、機械式で外観は非常にコンパクトにできている駐輪場の雰囲気が実によく似合っている。
またJR・私鉄利用者については100円均一のまちバス(2005年11月1日から運行ショッピングバス「まちバス」は、行政の補助を受けない単独運行で全国で例がなく、中心市街地の活性化を目指す)を運行し、25分おきに巡回させているがその乗車券を含めた町内統一ポイントカード(イルカと呼ぶカードで、市役所、県庁施設、丸亀商店街3か所などにチャージ機を置き、利便性を高めたカード)を発行し、買い物などの利便性を高めている。

高松市では市内全域でレンタル自転車事業を繰り広げ、1回100円で乗り捨て自由として多くの市民に利用されている。
ここでA地区で販売された定期借地権付きのマンションはどのような状態であったか。マンションは期間62年の定期借地権付きで戸数は47戸。専有面積は約65〜88平方メートル、価格は2000万円台〜3500万円台で、2年前に分譲開始して半年で完売したという。
当然駐車場は無しで、車がなくとも街中で日常品が買えるのと、車を利用しない高齢者の購入比率が圧倒的に高いと判断し、駐車場を設置しなかったと言う市の担当者の説明を聞いた。組合では今後5年間に400戸近い定期借地権付きマンションを供給する計画を持っているが、地区周辺で150戸程度の民間マンションが建築されており、リスクを回避するために民間との調整や、差別化を図り、カーシェアリングなども検討するとしている。
出来上がったドーム周辺は、若手芸術家が手がけた家具やベンチが点在し、それらが一層街の雰囲気を盛り上げている。このようにして新しい息吹が吹き込まれた街が、今後どのような発展を続けてゆくのか見守ると同時に、わが市へも反映できる事柄があまりにも多いのに一人喜んでしまった。
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