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「ごみをいただきます」

第2章・ごみ考察

1―はじめに

 今回までの研修においては、ごみ処理技術とはどのようなものであるかという事について、地方自治体の実例を見るだけでなく、ごみの問題を研究している民間企業から最先端の処理技術を研修するという事に主眼を置いて研修してきました、結果として甲府市ですぐにでも導入できる技術を始め、全県的な取り組みをも視野に入れながら学習できた事は非常に有意義でした。中でもそれぞれの企業の担当者が「ごみをいただく」という表現を使っていた事は、まさにごみは「生かせば資源」といえるのではないでしょうか。  現在施行されている数々の法律や、これから実施されるであろう環境規制に対して我々としてはどのようにかかわりを持つべきでしょうか。そこで果たすそれぞれの役割とは一体なんなのでしょう。住民・企業・行政機関それぞれに与えられた事柄とは一体どのようなものなのだろうか、あらためてもう一度じっくり考える時間をとる必要がありそうです。

2―なぜ今ごみなのか

これからの地方分権が進む中でも特に重要になってくるのがこのゴミ問題という認識があったからです。また政府の基本方針で市町村合併が問題になっていますが、ここでもゴミの問題がクローズアップされております。特に最近の厚生省などによるダイオキシン規制値をクリアするには、かなり大掛かりな装置による24時間運転が望ましいとなっており、そのような処理施設を建設維持する事が大きな負担になり、ゴミが取り持つ縁で町村合併が進展する可能性さえあるのです。人類はこれまでの歴史の中でずっと安全で清潔な環境を求めて暮らしの場所を替えてきました。その事は食物をとる事の次に大切だったのでしょう。そして一定の場所に住もうとすると廃棄物の処理に大変な労力を使う事となるのです。つまりこの場所に住み続けたいと言うその事だけでごみと戦う必要がでてくるわけです。これはもう都市計画の原点です。野中一二「街づくりとごみ」に取り組んでいるわけですから当然のようにこの二つ意識の上でも結合してくるのです。決して避けて通る事の出来ない廃棄物。よりよい暮らしのために知恵を絞っていろいろな道具を発明してきた歴史。改良を加え考え出されてきた数々のシステム。これらすべての延長線上にあるのが廃棄物という最後の形ではないかなと考えます。

ごみ一口メモ―1

廃棄物の定義

1―産業廃棄物

産業廃棄物は,事業活動に伴って生じた廃棄物のうち,法律に定められた以下の19種類のものをいいます。

 燃えがら,汚泥,廃油,廃酸,廃アルカリ,廃プラスチック類,紙くず,木くず,繊維くず,動物性残渣,ゴムくず,金属くず,ガラスおよび陶磁器くず,鉱さい,がれき類,動物の糞尿,動物の死体,ばいじん類
 上記の18種類の産業廃棄物を処分するために処理したもの

なお,この中には排出源が限定されているものがいくつかあります。
たとえば,産業廃棄物に該当する「紙くず」は「紙製造業,出版・印刷業,工作物の新築,改築または除去などの特定の業種から排出されるもの」に限定されます、これらは事業者に回収・処分責任があります。

2―一般廃棄物

一般廃棄物は「産業廃棄物以外の廃棄物」と定義されています。
いわゆる普通の家庭から排出されるゴミこれは原則として市町村に回収責任があります。

ごみ一口メモ―2

 元来ゴミというものの定義は「人が所有権を放棄したもの」というようになされておりました、いわゆる経済価値がない物という事になるのでしょうか、すると今回視察してきたゴミは何かしらの価値がある物に変身していますから「ゴミでないゴミ」という事になってしまいます、このようなごみ処理施設に対して厚生省の補助金が交付されるには「リサイクル施設」でなければごみ処理施設ではないという矛盾した定義があるのですが、小生もこんがらがってきますのでこの辺で止めます。

 現在の甲府市における各自治会による「資源ゴミ回収」「有価物回収」については、全国的に高いレベルにあると思います。そこでもう一歩踏み込んでこの問題を考えると、ぜひ各自治会の方はもっと推進してほしいのですが、これらの回収を通じて「自治会館」を建設してしまうような運動を盛り上げては如何でしょうか、つい先日の報道によりますと、甲府市のこれら回収に対する補助金が減額されてしまうとの事ですが、それ以上に回収や分別して行く事でそれぞれの地元に自治会館が十分建設できてしまうと思います、これこそまさに「住民による住民パワーの結集」ではないでしょうか。そうなりますと最終的には甲府市のゴミが減り、財源が豊かになって行くという事になりますが、ぜひ一度ご検討ください。

ごみ一口メモ―3

半透明ごみ袋考

 平成12年2月1日から甲府市はごみ袋の半透明化に全面切り替えましたが、果たして単純に「半透明化」だけで良いのでしょうか。 そもそも黒いごみ袋はポリエチレンリサイクルの最終手段としてすべての再生ポリエチレンに黒い顔料を混ぜる事で製品化(黒という一番強い色をつける事で製品としての均一化を図る)しています。そんな中でゴミの減量化対策として半透明のごみ袋を使用すれば中身が確認できるので減量化につながるという理論はいかがなものでしょうか。統計資料によりますと東京都は半透明にしたところ1%の減量に成功したとありました。もちろん減量化につながるのはある程度明白ですが、それならなぜ再生ポリエチレンを使用した半透明(グレイがかった茶色になる)にしないのでしょうか、すでに再生ポリエチレンのごみ袋は金沢市や旭川市など先進都市で使用されています。焼却処分になるごみ袋ならばあえて新しい原料からごみ袋を作り出す必要などないと思うのですが。焼却するゴミについて選ぶ事ができない現状の処理システムで、絶対量の減少に視点を置く必要があるという事は十分理解できるのですが、このごみ袋もったいないと思うのは小生だけでしょうか、実状をもう少し検討してみたいと思います。

ごみ一口メモ―4

つまりゴミとは

 これまで数々のごみ処理方法を研究してきた、しかし究極のごみ処理方法といわれるような物ははっきり言ってありません。人類が生活して行く上でどうしても廃棄物とは縁が切れないのです、しかしその廃棄物を処理して行く事ができなければ、我々の生きて行く事にも問題が発生してしまいます。つまり人類が生きる事がもうゴミなのでしょう。一説には地球上で調和を保ちながら生きてゆける人間としての個体数は約3億人といわれています。しかし我々は現状の、あるいはそれ以上の生活して行きたいとすると、この廃棄物をいかに減少させかつ、またいかに再利用して行く事ができるのか、もっと真剣に考えて行かねばなりません。

 ゴミゼロや減量化への挑戦は今に始まったわけではありません。いまだに国土が広い国は「埋め立て」処分が圧倒的に多いのですが、とりわけ我が国のように国土が狭くしかも人口密度の高い国においては、焼却処理や分別回収によるリサイクルといった手段がとられています。当然そこには国民性も大きく関わっていますが、まずゴミ問題を解決する一つの手がかりはそこに居住する人々の意識が大きく関わってきます。「はじめに分別ありき」であり「最終的には分別」であるといっても良いでしょう。ゴミをなくす事ができないとするならば徹底的に分別して行く事が大切です。何も消費者だけではありません、製造者においてもこの徹底的な分別と減量化の意識を生産現場に持ち込む事で、より以上のゴミ発生メカニズムを解消して行く事ができるに違いありません。これからのゴミ問題は法律や条例による規制だけではなく、そこで暮して行こうとする人々みずからが規範となって解決して行くことが大切なのでしょう、まさにこのことが住民の総意による新しい町作りの原点にならんとしているのです。そしてかかわる行政はその処理について、住民にしっかりとした情報の開示を行い、双方誠意を持って対処する。こんな当たり前の事がここでも必要です。

EM菌とケナフ

 4月22日(2001年)の地元新聞に「EM活用のNPO設立」という記事がありました。山梨県東部の有志がEM菌を活用してボカシをつくり、環境浄化に努めるという記事でした。家庭などから出る生ごみから堆肥を作ったり河川浄化に活用すると言うことですが、この菌をどこからのものを使うのでしょうか。元来それぞれの地方にはそこに一番適した菌が自然にあり、「醗酵・腐敗」といった作用をしているのです。もしぜんぜん違う菌を持ってきてこのことのために使うと言うのなら、自然界の力を壊してしまう事になりませんか。心配しています。

 このことと同じような問題がアメリカで発生しているそうです。ケナフを植えたあとかってにその種子が飛散し、自生してしまっているとのこと。ケナフは非常に成長力が強く1年で三メートルにもなる草ですが、その分土地の栄養素を吸収してしまう力が強く、あっという間にその土地から力を奪ってしまうとのこと。そうなると特に大切な表土は少しの雨でも流失し、他の作物の生育に影響が出てしまう。この事は自然破壊ではないでしょうか。先日も「答えのないシンポジウム」で専門家の意見を聞きましたら「その通り」と答えていました。

学校で紙漉きの実験を行うなら牛乳パックで十分と思いますが。

焚き火条例

 最近あちらこちらで聞く話ですが「焚き火をしているとすぐに通報されてしまう」という事、これは少し行き過ぎではないでしょうか。

 古来より人間は「火を使いこなす」事によって他の動物達と違う発展の歴史を築き上げてきたといっても良いでしょう。初期の農耕では「焼畑」という手段を使い、土地に栄養分を与えながら作物を育ててきました。もちろん焚き火はこの延長にありませんが、基本的思考として「焚き火をすると燃えた木からダイオキシンが出る、だから焼却施設でもしてもらう」というのは少し短絡過ぎます。ここでは庭木や選定枝だけを燃すという事ならばそんなに問題にはならないでしょう。そこで他のものを一緒に燃してしまう事に問題があるのです。確かに樹木は光合成によって酸素を作り出してくれます、そしてそれだけで燃しても微量のダイオキシンが出ます。このような場合には全体として捉えた時にどうなるという発想で考えたいものです。水と緑に溢れる街は人間にとって住みにくい街だ。なぜなら緑は燃すとダイオキシンが出るし、水は中で腐敗すると二酸化炭素とメタンガスが発生する。そしてそれは地球温暖化につながってゆく。だから「コンクリートに囲まれた街が人間にとって最も良い環境の街である」なんてことを考えると嫌になります。

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