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甲府の水道

市外給水域から見た目

現在合併議論でゆれている周辺給水域から甲府を見てみましょう、水道が元で何かが見えてくる気がいたします。
竜王町・双葉町との三町合併でゆれる敷島町は、その水道業務を甲府市水道局に依存しています。

敷島町の水道

 地図などでお解かりのように敷島町は南北縦に長く、水資源についても南部の敷島地区については豊富な地下水が利用できている。実際、昭和39年(1964)に業者に依頼して行った調査でも、地下80〜120メートルにおいて多量の地下水を確認しており、テスト井戸の結果を見ても有り余るほどの地下水の自噴を確認している。よって、敷島町ではこの地下水源を利用して、町内での自力水道敷設計画が研究されている。しかし北部三区はいわゆる「かご地」で井戸を掘っても水は出ず、現在においては「清川簡易水道」、「睦沢簡易水道」、「吉沢簡易水道」の3箇所の簡易水道を持って給水している。これらの簡易水道も平成21年度を目標年次に定め、清川・睦沢統合水道を進捗させている。(月刊誌『水道』平成13年11月号参照)

 敷島町史によると、甲府市上水道との関係について記載した部分には、『文禄3年(1594)、甲府用水を荒川から取水』という記載がされている・・・しかしここでは水争いの記載は『不明』としている。
その後の記載を年代順に追ってゆくと、

敷島及び沿岸村の猛烈な反対の末、甲府市は荒川からの増量取水をあきらめた。」とあり、甲府市水道局の記載以上に水利権争いについて町史に詳しく記載がしてある。またそれらの古文書等についても「これらのことは本町として大きな問題として、本町の水利権擁護史ともなるべき問題であるので、あとに詳しく述べる」とし、一章を割いてその古文書等の開示を行っている。
 町史においても各村々の難儀を表し、そして記録として歴史の中にきちんと存在させていることは「如何に用水確保と言うのが非常な努力が必要であったか」と言う言葉に尽きるのではないか。しかし残念ながらこの町史は昭和41年(1966)町制記念日に発行されたものであるので、それ以降現在までの記載がない。

 現在の敷島町については97%が甲府市水道局によって給水され、残りが簡易水道による給水区域である。これらの事柄を考えるに、古来農耕民族であった日本においては、いかに水が貴重であったか。
「水田は、人類が2000年の歳月をかけて繰り返してきた水耕栽培の原点です」、改めて水田を見ませんか。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』
平成14年1月24日・第3号所収

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