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100年で考える都市計画

各論に入る前に

都市計画は「単に物を作ってゆけばそれでいい」と言った議論だけではいけない。その町は一体どんなポリシーを持つことができるのか、どのような理想を訴えかけることが出来るのか、こういった議論も当然起こってしかるべきである。そのための100年計画を想定しているのだからである。100年と言うのはおよそ3世代かかって成し得てゆくという事になるわけだから、次世代に対する伝承と言うことが常に発生してくることとなる。「この町に住む人々が自然に会得してゆく事柄」が大切なことであり、強制されて感化されることではない。そこには「教育」があるはずだし、「福祉」もある。但し福祉と言っても乳幼児に対する福祉から始まり青少年に対するもの、働く人のためにある福祉もあり高齢者福祉もある、当然障害者福祉もある、つまり生きている人々全てに対してかかわるのが「福祉」の本質であろう。教育についても、同様乳幼児の教育があり児童生徒に対する教育、成人教育があり高齢者教育がある。この様に「福祉」同様「教育」についても生きている間ずっと継続して付いてまわっているものがある。ここでは強制力を持つ義務と自発的に行う権利が常に同居し、「くらし」に密接にかかわりを持っている。この様な「精神的なもの」から「物質的なもの」まで、全てを根底にしながら都市計画は粛々と進んでゆかねばならないと考える。

ある山間地の市長は「究極の福祉政策は道路にあり」と言っていた。これは地域全てにしっかりした道路網を建設すればたとえ山間地であっても「無医村」は無くなる、だから道路の建設は必要なんだと言うことであった。確かにこの考え方には一理ある、そしてこの市長の町は現在内陸工業地帯として次々に新しい工場が移ってきている、そしてそこで働くために若年労働者層が流入してきており、出生率は全国平均をはるかに上回り世代構成もいわゆるしっかりしたピラミッド型を形成している。まさに全国の高齢化している都市から見れば羨望の的と言った様相を示している、この事は「やれば出来る」と言う一つの良い事例ではないだろうか。

もう一つ大切なことは、「100年の計画には予算をつけてはいけない」と言うことであろう。そんな馬鹿なと言う方がいらっしゃる、当然でしょう。しかし「100年先まではっきり見通せる人はいない」、と言うのも事実だからだ。ここではビジョンが必要になってくる、そして展望を開くことが重要になってくるのだ。そうすれば手前で多少方向が狂ったとしても、100年ビジョンで見たときにはまっすぐに見えるし間違えたと思ったら修正すればよいのだから。要はそこで「間違いに気が付く日々の注意力」と、「修正することが出来る勇気」のほうがここでは重要になってくるのだ。それらを踏まえたうえでの「継続は力なり」であり、且つ前例に束縛されないその都度の自由な発想こそ今後に求められてくるのである。その上で折り返し地点である50年、そして25年と言ったビジョンを策定し、「このあたりをこの辺の年までに終了させること」と言った括りで考えればよい。その後10年計画ではより緻密なプランを立て、そして5年計画では初めて「金額の明示」を行えばよい。具体的な名称であげるなら、100年(未来ビジョン)・50年(予想ビジョン)・25年(総合計画ビジョン)・10年(年次計画)・5年(実行計画)・1年(単年度計画)、となるのではないか。当然時代の変化は我々の推測が付かないような動きになることは予想できる、よってこれらの計画については概ね3年程度をもって都度調整を繰り返すことが必要になる。そしてその過程の中で「調整程度では対処できない」と思われるような社会的変化が出たものについては、勇気と決断を持って修正すればよい。そのためには日頃からの情報分析、調査研究を怠ることなく継続しておく必要がある事は言うまでも無い。

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