野中一二のページ | 活動 | 議会 | 街づくり | 環境 | 言いたい放題 | プロフィール | サイトマップ | 掲示板 | ホーム | 戻る

100年で考える都市計画

都市再生に向けて

1・ビジョンを見つけよう

「ビジョンを見つける」と言ってもなかなか見つからない、現実その言葉を導き 出すのにこれまでの行政の都市計画担当者や、様々な都市計画の専門家と言われ ている方々が苦労してきたのだ。しかし、一言で言ってしまうと「住民の意思の最大値集合離散を繰り返す力の値で、その決定についても一定の方向性にある程度の満足度が与えられると一斉にそちらを向いてしまうと言うような力の値を意味している)」である、と言い切ってしまっても良いのではないか。

ではその意思とは何か。ここまで行くと禅問答になってしまう、そしてその該当地区により条件(天候気象、地理、人口、土地形態などなどあらゆるものを指す)が異なるがゆえに総体としての言葉では捉えることが出来ない。しかし様々な方法で住民の意思を確認することにより、一定の方向性を示すことは出来るのではないかと考える。

しかし根本には「そこに人が住んで初めて都市が成立する」と言う非常に簡単且つ明快な理屈がある、そしてそこでの日常の暮らしの中から自然発生的に都市に対する思い入れが生まれてくるとしたら、さあ私達は一体何を以って都市のビジョンとすることが出来るのだろうか。

よくいろいろな団体が主催して「未来の街の絵コンクール」と言ったものが開催される。そこで子供たちが描く絵を見ると、自由な発想とは言うものの結構似ている絵が多いことに気づく事がある。この事は「普段の生活の中で経験していることに共通の事項が多い」と言うことではないか。
子供たちが共通のもので遊びたがる事、同じ本を読む事、テレビの番組なども共通のものを見ている事。この様なことは、いわゆるいじめにあわないためにはほかの人と変わった事をしてはいけない。特別な事をしていると友達の輪に入れない、と言った自己防衛の本能がそうさせているのだろうか。同時に、親もおんなじ考えを持っていることに気が付く必要がある。これでは個性的な人が増えるわけがない、いわゆるいい子ばかりの金太郎飴のような民族になってしまうのか

つまり「住民の意思の最大値」と言うものは自然に一定の方向に向かうと言うことだとするならば、そこに著しく乖離したビジョンを提案したとしても自然に消え去ることとなってしまうと言うことだ。

キーワード重要な言葉・回答としての単語・手引きとなる言葉などと訳される、つまり複雑な内容について一言で言ってしまうと★★★と言った具合に、なんとなく事の全体像が表現されている言葉を意味している。表現としては、意思のベクトル、と言う表現を使う方もいるを探すこともその都市のビジョンを探す手がかりになると言える。例えば「人にやさしい」「ふれあいあふれる」と言った言葉が良く使われているが、この様な言葉からも「一体この街の進む方向はどういったところにあるのか」と言う一定のビジョンが見え隠れしてくる。

しかし、キーワードとビジョンは基本的に違うことをしっかり踏まえる必要がある。前出「人にやさしい都市」をビジョンとして捉えてしまうと、そこには全ての人に対してやさしければよいのか、じゃあそのやさしさは一体何なのか。時には人に対して厳しく当たることも必要なのではないか、厳しい中にあるやさしさが本物じゃないのか。やさしさだけが理想ではない、時にはあたたかさとか、快適さが必要なのではないだろうか。と言った様々な意見が噴出してきてしまう事となる。

ここで原点に帰ってビジョンと言う言葉の意味を見つめなおそう。『VISION・この言葉の意味は、視覚・視力もしくは想像力・明察力、幻想・空想、見えるもの・光景などと訳されている。これらの事から理想につながる解釈をする場合がある、和英混合文で長期ビジョンと言うと、長期的な理想と言うことになる

この意味を踏まえて都市計画上でのビジョンとは「その都市の将来における理想の姿」と言うことになるのではないか。だからキーワードとは全く違うものであり、キーワードと言うのはまさにビジョン解明の糸口となる言葉という事となるのではないか。

この様な観点から、その都市の将来における理想の姿を探す事、そして少なくとも100年単位でその着地点を見つけ出す事、こんな事が大切になってくるのではないか。そうして導き出されたビジョンは、やはり一定の離れた距離におくべきではないだろうか。あまりに近すぎると進むべき都市の姿が見えなくなってしまう、そして結局は「足元の対処」だけで日々が過ぎてしまい、しっかりとしたプロセス(工程・過程、街を作ろうとするときに行ってゆかねばならない一つ一つの積み重ね)を踏むことさえ出来なくなってしまうからだ。

この逆の説としては「下から一つ一つを細密に積み重ねることで、大きな都市ビジョンも組み立てられるのではないか」という説になる。しかしそこには重大な落とし穴が待ち構えている。一例で言うとブロック積みのフェンス、あるいは大きくはピラミッドの建設を考えていただきたい。そこではまず土台をしっかりと作り、水糸を使い平行線を引きながら次第に積み重ねてゆく。しかし垂線がないこの方法では、完成したフェンスでも立体としては非常に不安定になってしまうはずである。ましてや当初より立体として積み上げるピラミッドにおいては平行線と同様に垂線の重要性が求められることとなる。その垂線を高い位置から引くことこそ、都市計画で言うところの長期ビジョンに該当しないか。そこで都市計画を100年で考えると言う原点がもう一度見直されることとなるのである。

続く

Copyright 2002 by NONAKA Ichini
野中一二事務所
400-0016 山梨県甲府市武田2-11-19
電話 055-254-4040  FAX 055-254-4042

[UP] [戻る] [前頁] [次頁] [目次] [街づくりレポート]