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100年で考える都市計画

都市再生に向けて

2・再生するものと破壊するもの

都市に存在する物質的なもの(都市には建物・道路など形があるものと、文化・風習として存在する形のないものがある)の内、繰り返し破壊し再生するべきものと,恒常的にメンテナンスを加えながら維持継続させるべきものと言う二通りのものがあると言う認識を持つことは重要な要素になるであろう。前者、破壊と再生を繰り返し行いながら、くらしてゆく人々が利用するものの代表例は「住宅」である。特に日本における住宅は古来からその素材に特徴があり、且つ又時代と言う背景から経年劣化したものに対する使用不都合感が出てくるのは否めない事実である。

京都と言うのは世界の歴史上非常にまれな都市であった、1200年もの間同じ場所に住み続けたことがである。平城京(奈良)は「天然痘」によって破壊されたとされているがもう一つの理由はその外周にある農地がもたらしたと私は考えている。平城京も末期には美しかった外堀は糞尿で埋め尽くされ、衛生上実に不都合な都となってしまっていた。その大きな理由と言うのは外周が「水田であった」事ではないかと私個人は考えている。水田にはいわゆる下肥の需要がなく、有ったとしても一時だけであること。水田の周囲に広がっていたであろう畑にたどり着くまでには、時間距離がかなりかかったと思われること。奈良盆地の水利にはとてもあの都の人々に対して清潔感を持たせるだけの水量が確保できなかったことなどが結局打ち捨てられてしまった原因ではないか。一方平安京(京都)と言う都市は水利に恵まれていたこと。外周を畑が囲み、そこでは有名な京野菜が栽培され、下肥の需要が高かったこと。地質的には非常に固い岩盤の上にある都市であったこと。(岩盤が固いということは周辺の山々にもその影響があり、植物の生育には実際適していない山々であり、おそらく松などの針葉樹が自生していたに違いない。そこに杉を植林するとなかなか生育しないが、一旦育つと建築材料としては非常に硬い木材となり重宝がられる事となる。現に「北山杉」としてその高名は全国に馳せている)そして最後に重要なのは「家屋の建築資材が木と紙、そして土であった」と言うことではないだろうか。例えば火災が起きたとしてもすぐに燃え尽きてしまうものの、瓦礫としてはごく少量になってしまう。だから同一場所で再び建設できてしまうこととなるが、仮にこれらの建物が石やレンガで出来ていたとしたらその瓦礫をどうやって処分するのだろうか。

注・『この瓦礫については、「洛中塵捨場今昔」(山崎達雄著・臨川選書版)と言う本に加茂川のふちに「ここに塵を捨てるべからず」と言う高札が立ったことが記されている。ここで言う塵とは今で言う瓦礫との意味であるとする解説とともに、川原にごみを捨てると言うことが一般化していたという捉え方が出来るのではないか。ちなみに平成12年山崎達雄様を京都から招き、甲府のごみについてのシンポジウムに講師として参加いただいた。そのときのレジメは小生の冊子「ごみを頂きます・改訂版」に記載させていただいている

話はだいぶそれてしまったが、住宅と言うものは確かに人生最大の買い物と言われている。しかし、100年単位で都市を考えるについては、勿論最大限維持補修はするとしてもスクラップアンドビルドするものであると考えたほうが良い。その他繰り返し破壊再生すべきものとしてはコンクリート製の建物などもその中に入ってしまうのではないだろうか、なぜならコンクリートと言うものが登場してからまだ100年程度しか経っていない、ある意味では未知のものだからである。同時にここでは税法による耐用年数という問題があるのだが、これは減価償却という概念が、経年劣化してゆくものに対して毎年維持費用がかかってゆくんだよ、と言うことに考えの主眼を置いてみると理解しやすくなるであろう。最終的には取得価格の一割を残して価値はなくなるが、この事についても、その構築物は利用できるけれど資産的な価値はありません、と言われているのと同じ事となる。ちなみに鉄骨鉄筋コンクリート製の建物については事務所用の物で50年,住宅用では47年、今一番多い住宅の木造・合成樹脂造りの物では事務所用で24年、住宅用では22年と規定されている。余談だが、法人で使うパソコンについては4年と言う減価償却期間があるのだが、個人で使う物については減価償却の概念は適用されない。日常の家庭電化製品と同一と言うことになるのだ。

一方繰り返しメンテナンスを施しながら使用し続けるものの代表例は道路である。また、正しいメンテナンスを施しながら使い続けられるものとしては鉄骨の橋梁などが上げられる。平成13年9月の議会でも発言したが、サンフランシスコにあるゴールデンゲートブリッジは相当な年月をかけて塗装しているそうである。そうして塗装工事が終了すると、再び元に戻って塗装作業を始めるということだそうだ。つまりこの会社(法人として組織されていればと言うこと)は親子代々この橋の塗装だけのために存続していると言うことになる。この様に道路・橋梁と言ったインフラの主要な部分については、そのメンテナンスをしっかり施すことが100年サイクルで考える都市にとって最低且つ重要なこととなってくるのである。

では下水管などはどうなってしまうのか(下水管の普及がまだ100年そこそこの日本では、大都市においてそろそろ管渠の老朽化が問題になってきている。コンクリートの寿命は50年とされているのだが、下水管においては急増した交通量やその中で発生する硫化水素ガスの影響で50年を待たずに改修の必要性が生じてきている。そうした中、大口径管渠については「インライン工法」などと呼ばれている内側からの合成樹脂製シートによる補強が出来るのだが、小口径管渠については敷設換えしかないのが現状のようである)、このような事についてもきちんと知っておかねばならない。地方自治体としては唯一と思われるのだが、東京都では平成10年に都が所有する全てのインフラ財産のメンテナンスにおける調査報告書(東京都が管理する社会資本の維持更新需要額の将来推計−2001〜2030年度、道路、橋梁、上水道、下水道、地下鉄、住宅を中心に-と言うタイトルで、東京都政策報道室調査部から資料が出ている)を作り、そこでの調査に基づきメンテナンスを継続して行っている。残念ながら「公有財産一覧表に基づくメンテナンス」と言う概念は、単年度決算の自治体会計からは理解しがたいものとなっている。ここでは企業会計によるバランスシートの概念がないと、財産一覧と言う考え方は出てこない。よって現在ほとんどの自治体は、担当する部局がそれぞれに財産台帳を持って管理している。『甲府市においては平成14年度に公有財産管理システムにのっとり、今年度末をめどとしてこの財産台帳の一元化に向けて進み始めたところである。

都市は持続して成長しなければならない人口が継続して増えると言う意味ではない、一定の人口を保ったまま、あるいは増減を繰り返したとしても其処での生活が常に快適且つ円滑に繰り返されるように持続すると言う意味)。そこでの都市計画は常に何を破壊しながら何を作り出すのかと言うことを考えなければならない。これは生態系のサイクルと同一である、ただ違うのは都市は人間の手によって構築された生態系であると言うことだ。自然の生態系に人間が手をかけて破壊したものなら、今度はそれを戻すにも維持するのにも人間の手が必要になる。そして作り出すことはそのメンテナンスがかかると言うこと、それはスクラップする場合と同様に費用がかかると言うことも理解しておく必要がある。平たく言えば「進むも退くも費用がかかる」と言うことだ。

続く

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