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100年で考える都市計画

都市再生に向けて

5・暮らす人々

はたして人口は増え続けるのか。まず地球上の人口と言う観点から見てみると、現在の62億人と言う人口は48年後の2050年頃には120億人〜80億人と言う数字がある(環境省・人口白書、平成12年版)。其処には2つのパターンが示してあり、世界の不安定な状況は放置され、世界人口が120億人に迫り、なおも増加の一途を辿るというもの。もう1つには世界の安定化のための国際協力が実り、世界人口は80億人でピークを打ち徐々に減少に転じるというものが記述されている。そして「地球環境は加速度的に劣化し、人類社会の破滅は時間の問題となる」という、人類は今まさに岐路に立っており、現在世代の対応次第では未来世代を今のままの「緑豊かな地球」に住まわせることもできるし、現状を放置していれば未来世代は今の地球とは別物の「衰退する惑星」に住まざるを得なくなるとしている。SFの世界では地球外移住と言う事になってしまうのだろう、だからここでいかにして環境負荷を減らすことが出来るのかということが大切になってくる。

それでは日本の人口は同時期どのようになっているのだろうか。一説には現在の出生率をそのまま保っていると169年後には10分の1の人口になってしまい、その後1000年後には日本人は150人になってしまうという説を聞いたことがある。「国立社会保障・人口問題研究所による日本の将来推計人口」平成14年1月版では、2000年に行った国勢調査資料などから、2000年の1億2693万人から2006年の1億2774万人のピークを経て、2050年の1億60万人になるとの予測を出している。いずれの資料などから見ても、間違いなく日本の人口は長期にわたり減少傾向を示している。そうした中で特殊出生率(ある年次において、再生産年齢(通常15〜49歳)にある女子の年齢別特殊出生率(ある年齢階級の母の出生児数/ある年齢階級の女子人口)の合計値を合計特殊出生率という)は2000年の1.36から2007年の1.31まで低下傾向を示し、その後2050年には1.39と言う水準になるとしている(別な方法を持って推測すると2050年には1.10という低い数値に達するとも言っている)。同時に将来平均寿命は、男子2000年の77.64歳から2050年には80.95歳、女子2000年の84.62歳から2050年には89.22歳という伸びを示すとしている。以上のことを踏まえて人口ピラミッドを想定してみると、理想とされる姿であった富士山型は戦前で終わり現在の釣鐘型から将来はつぼ型、しかもかなり上部が膨らんだつぼ型が推測されてくる。その上長期的にはそのつぼ型が徐々に萎縮してしまう、これが想定されている人口予測というのだろうか。これらの数値は一体どのような状態を暗示しているのであろうか。「担税者」がいて、初めて成立する社会という概念をもう一度新たにする必要がある。同時にこれからの都市を考える上でその視点を何処に置いたらいいのか、基準となるべき物を何に求めてゆけばいいのか、このような議論もさらに重ねてゆかねばならない。加速度がついて突入する少子高齢化社会に対して、都市のあり方を問われる時期が来るのはまもなくである。

始めになぜ「少子化」という現象がおきてしまうのかについて考察してみたい。確実に増加しているのが未婚化(非婚化)である。しかしそこにあるのが本当に女性だけの問題であるのか、一考の余地がある。男性のだらしなさや女性の経済的地位の向上といった現代的な問題を論じる説もあるが、それを踏まえてもなおかつ結婚したいという願望を抱いている女性が多いことも事実である。ではなぜ出来ないのか(あるいは結婚しないのか)。この段階で何がしかの躊躇をしている女性が意外に大勢いるという事、ここでの現実をしっかりと見据えていかないとならない。ここでの理由はそれぞれ個々によってことなる物であり、大局的に概数で示せるような物ではなく全ての理由が一つ一つの事例に対して正しい物なのだ。此処での問題は非常にメンタルな要因を持った物であり、人として生きることが常に問われてくる問題であるからだ。同時に結婚していながら子供がいない(子供を作らない)家庭について、単純に経済的余裕がないというだけで少子化が進行していると捉えるのには無理がある。そこで行っている制度的な支援(保育園等の充実・児童手当などの拡大)だけでは到底解決できないことをしっかりと知る必要がある。

また此処では単に口先だけで言わんとしている「男女共同参画社会」の真の実現を以ってしなければ、事の本質が変えられないと考える。その結果、少子化が進行することによって発生する経済減速・各公的年金への影響・労働力不足、また其処から派生的に出るであろう労働市場の国際化など、社会システムの再構築にまで広がる可能性のあるこの問題を解消できるのではないか。

高齢化」(此処では高齢者の括りを、現在の一般社会的分類による65歳以上としている事に準拠する)についても、来るべき時代に対しての備えを社会全体で考える時ではないか、その上にあっての「都市計画」でなければならない筈だ。都市全体がバリアフリー(現状に対する過去形のバリアフリーであり、本来あるべき進行形バリアフリーについては後日記載する)であることはここでは当然と考える、さらに快適さ(利便性を追求した快適という意味でなく、此処ではむしろ心地よいという意味に近い)を全ての生活者に対して提供できる事、そのような街でなければならない。障害者に対して優しい町は高齢者に対しても優しい町である、その町は当然子供たちにとってもやさしい町である。この様に考える事によって「高齢化」に対して取り組んでゆく姿勢を明確に出してゆく思考が、常に根底に流れそして感じられるような背景の下にこの都市計画を考える必要がある。生産者人口の確保や担税者確保という点から考えても、いわゆる「生きがいを持つ」という点から考えたとしても、これら高齢者および障害者が「社会参加をする」ということでなく「共同して社会を形成してゆく」ということが肝要だ。

現に私の知る限りでは、進行性筋萎縮症にかかっている方がコンピューターのプログラマーとして活躍しているし、聴覚障害者が手話を使って通常の企業に勤務し、立派な業績を上げている。高齢者の社会形成への参画についても社会通念が変化する事で年齢上限には限界はないはずだ。例えば政治家として活躍している現職の方々には、80歳を越えている方々も非常に多く見ることが出来るし、経済界には100歳で現役の社長さんでいらっしゃる方もいる。このような方々が自らの力でこの国を担ってゆこうとしている、ゆえにバリアフリーが必要なのである。当然ながら其処からは「お仕着せ」が感じられてはいけない、同時に「自らのことは可能な限り自らで」という独立の精神を阻害することなく行わねばならない。そんな本来であれば当たり前のことが当たり前に出来る社会、この事の解決に向かってゆくことで「少子化」「高齢化」に対しても十分対応できる町が形成されるはずだ。

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