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街づくりレポート

川崎大師門前町

No.20080624

川崎大師門前町視察
川崎大師

正式名称を「金剛山 金乗院 平間寺」と言い、真言宗智山派に属する。厄除弘法大師を本尊にいだき、通称は「厄除弘法大師」または「川崎大師」と言います。

その歴史は川崎大師ホームページによると
『今を去る880余年前、崇徳天皇の御代、平間兼乗(ひらまかねのり)という武士が、無実の罪により生国尾張を追われ、諸国を流浪したあげく、ようやくこの川崎の地に住みつき、漁猟をなりわいとして、貧しい暮らしを立てていました。

兼乗は深く仏法に帰依し、とくに弘法大師を崇信していましたが、わが身の不運な回り合せをかえりみ、また当時42歳の厄年に当たりましたので、日夜厄除けの祈願をつづけていました。

ある夜、ひとりの高僧が兼乗の夢まくらに立ち、「我むかし唐に在りしころ、わが像を刻み、海上に放ちしことあり。已来未(いらいいま)だ有縁の人を得ず。いま、汝速かに網し、これを供養し、功徳を諸人に及ぼさば、汝が災厄変じて福徳となり、諸願もまた満足すべし」と告げられました。

兼乗は海に出て、光り輝いている場所に網を投じますと一躰の木像が引き揚げられました。それは、大師の尊いお像でした。

兼乗は随喜してこのお像を浄め、ささやかな草庵をむすんで、朝夕香花を捧げ、供養を怠りませんでした。

その頃、高野山の尊賢上人が諸国遊化の途上たまたま兼乗のもとに立ち寄られ、尊いお像と、これにまつわる霊験奇瑞に感泣し、兼乗と力をあわせ、ここに、大治3(1128)年一寺を建立しました。そして、兼乗の姓・平間をもって平間寺(へいけんじ)と号し、御本尊を厄除弘法大師と称し奉りました。これが、今日の大本山川崎大師平間寺のおこりであります。』

とされています。
川崎大師門前町
川崎大師門前町

なぜ、川崎大師門前町を視察するのかという事ですが、甲府市内には武田神社、善光寺など名刹は数多くあり、県外からの観光客も次第に定着しつつあるのに「門前町」が栄えないという疑問がついてまといます。特に武田神社に至っては正月三が日には県内屈指の初詣神社としてその名が通っていますが、その他一時期の観光シーズンを除けばこの場所を訪れる人はあまり目立ちません。

善光寺に至ってはその由来や寺の規模からしても信州善光寺と比べるまでもなく、ことさらその門前町は体をなしていないのが現状です。これらを解決し、年間を通じて一定のにぎわいのある門前町を作り出すのには一体何が不足しているのだろうかという問題点を探し出すため、今回の川崎大師視察となったわけです。

年間に訪れる方およそ250万人。そのほとんどが1月1日から2月15日まで。その間は機動隊まで出て警備に当たるといわれている川崎大師、しかしそれ以外の時期には閑散とした周囲の商店街は一体どうなっているのだろうか。実に興味深いテーマではありますが、いざ出かけてみるとそのギャップには驚かされました。

テレビなどで見る初もうでの様子は一体どこだろうか、700台のバスが入るといわれる駐車場に止まっていたのは1台の観光バス。みんな京急電車で来るのだろうか、でも電車もガラガラ。案の定商店街は静まり返っているのですが、参道の商店街は確かにお土産屋さんが整然としているのですが、一歩はずれるとそこはごく普通の住宅街の商店街。しかもコンビニエンスストアの数が異常に少なく、いわゆる専門店がじっとお客さんの来るのを待っているといった町中の様子です。

観光客は駐車場でバスを降り、恐らくこの道を通ってくるに違いないと思う商店街も、売っているのは日用品。まさか参拝客はシャンプーは買わないだろうなと思いながらも一歩この通りから外れた奥をのぞくとそこはもう住宅街、この近くに住んでいる方だったら便利な町の商店街だなと思える品ぞろいです。これはこれで武田道り以上の立派な商店街なのですが、いわゆる日常を超えるものはほとんど見当たらずひたすらなぜなのかという疑問だけが残されてゆく商店街でした。

川崎大師門前町
川崎大師門前町

この界隈には8つの商店街があり、それぞれホームページなどで積極的に発信している様ですが、幸いなことに大型ショッピングセンターなどが進出していないためでしょうか、このような形態の昔ながらの商店街が存続しているのかもしれません。

あるいはこの先海岸までは重化学工業地帯が続いているので、そこへの労働力供給基地としての住宅街が広がっているとしたら、それも大きな理由の一つになるかもしれません。いずれ1月1日から始まる約1ヶ月半のお祭り騒ぎは、この地域の方々にとってはもしかしたらあまりありがたくない行事なのかもしれないな等と考えながら町内を歩きまわらせて頂きました。

門前のお土産屋はダルマ、のど飴、久寿餅(クズモチというが、その商品の品質表示ラベルには葛は書かれておらず、よってクスモチと書いて発音はクズモチというのだろうか)の3大名物がそれぞれ工夫を凝らして並べられているが、手にとって見定める参拝客は実にまばらでした。

それでも商店の軒には日除けがすべて付いていて、さすがに250万人からのお客を迎える門前のにぎわい時はそれなりの用意がなされていると感心できます。しかし、混雑時はともかく、今日のように暇な時には長椅子に赤毛氈をかけてちょっと休めるといった工夫がほしいなと感じたところです。

最盛期の1ヶ月半で250万人以上の参拝客、そしてそれ以外の時期で3万人程度でしょうか。それだけ来てもこの一帯のような風情ですから、正月の初詣に20万人程度の武田神社の参道が、いきなり住宅街であっても無理もないのかと考え込んでしまうような商店街を後に、帰路に就くことといたしました。

名物土産もだるまは1年に1回買えば終わりだし、のど飴は昔ながらかもしれないけれど、今様のハッカ味のほうが個人的には好きだなあ。ましてや本葛などは今どき手に入りにくいものだし、久寿でもよいけどこれだと安倍川もちや信玄もちと一緒だし、まして買った物が大きな板状だから途中でちょっと食べようにも大騒ぎになってしまう。なんか一工夫が必要だなと思いながらもこれら合わせて年間250万個売れたらもう十分だなと、そろばんをはじいたりしながらの電車旅でした。

 
(2008年6月24日 視察)

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