野中一二のページ | 活動 | 議会 | 街づくり | 環境 | 言いたい放題 | プロフィール | サイトマップ | 掲示板 | ホーム | 戻る

甲府駅北口まちづくりの変遷

(目次) 歴史に翻弄された街なぜ今北口なのか住民の力大きく動いたきっかけハードからソフトこれから終わりに

1−歴史に翻弄された街

  甲府駅北口は以前から旧蚕糸試験場跡地、県知事官舎跡地、旧国鉄社員住宅跡地あるいは貨物ヤードなどが一帯に広がり、長い間殺伐とした駅前になっていました。その後は度重なる計画の立案はあるものの、住民にとっては「政争の道具」としか映らず、一向にその方向さえ決まらないと言った状態が続いてしまったのでした。

昭和61(1986)年の「かいじ国体」をきっかけとして新甲府駅舎が完成した後も、甲府市がスタートさせた「甲府駅周辺区画整理事業」及び「新都市拠点整備事業」は当初計画が21,9ヘクタールと言う広大なものであり、総工費は300億円を超える事業だと言うことでした。しかし経済の落ち込みは予想をはるかに超えるもので、「失われた10年」とまで言われた失望の年月は、これらの予定していた事業にも容赦なく暗い影だけが差し続けてしまったのです。

平成14(2002)年からは事業エリアを大きく分け、先行区間として東部から武田通りまでの区間を推進すると言う方針に変更し、甲府市として先行していた「寿宝区画整理事業」の収束とともに、全力を傾けて甲府駅周辺の事業に集中したことに伴い、今日四半世紀が過ぎた状態で紆余曲折しながらも一定の収束へと到達する見込みが出てまいりました。
今日までの長い時間を経てしまった事は、取り返しがつかない事態ではありますが、その中にあって地域に残り続けて事業の灯を消さなかった現在の町内の方々に希望の薄日が射し始めてきたのです。今後は「甲府駅北口には何も無い」という多くの県民の意識を変え、甲府駅北口は文化・芸術の発信基地であるという強い理念を持ち、「自らのまちは自らで作り上げる」と言う当初よりの理想の姿を描きながら邁進するものと期待しています。

2−なぜ今北口なのか

  山梨県が「幸住県」と言う言葉を使い始めたのが望月県政(1979〜1991)の時代でした。その中で甲府駅北口の整備に対して100億円近い予算を計上し、アーバンスタディセンター、多目的広場、人工地盤の整備をぶち上げていたのです。しかもアーバンスタディセンターにいたっては計画当初は整理しきれないほどの問い合わせが殺到し、甲府市関係者はぬか喜びに沸いたようでした。
しかし平成に入りバブル経済が崩壊し始めると、問い合わせをしてきた会社は1社、また1社と辞退し、最終的にはただ1社を除いて入居申し込みは立ち消えとなってしまいました。当然この計画そのものについても「待った」がかかり、それ以後は旧国鉄清算事業団から購入した費用約82億円を毎年々々元利合計で返済し続け、議会では共産党による執拗な質問を毎回受け続けることとなってしまったのです。
しかしその残金も平成20(2008)年にはほぼ消滅し、同時に進んでいた「寿宝区画整理事業」も収束を向かえ、甲府市都市建設部においては一定のまとまった資金を投入できる見通しが立った事は北口事業推進に対して大きな足かせが外れたと言うことになりました。

後日談ですが、「寿宝区画整理事業」を当初から推進し、甲府市議会から山梨県議会議員へと転進した議員が、今日甲府市長となってこの事業の最高責任者として推進してゆく決断を下したと言うことは、非常に意義深いものを感じてしまいます。

  一方山梨県にあっては北口に旧知事公舎、蚕糸試験場などの施設跡地を持ちながらその開発や転用についてはなかなか見通しが立たなかった事は、当事業について「指針なき事業」と言われてしまう大きな原因のひとつとなってしまいました。しかもそこには知事選のゆくえという常に政治が絡む事となり、「政争の道具」としてこの北口開発が何度も登場してしまうことになっていたのでした。確かに駅前の1等地であり、公有地である土地と言うことになれば、その場所の利用の仕方で知事としての力量を問われることは当然であり、だからあえて前面に出したくない問題でもあったのです。

平成19(2007)年に行われた知事選挙は現職で600以上の団体からの推薦を取り付けた候補者と、4年前に一敗地にまみれた候補者との因縁の対決となり、現職は甲府駅北口へ生涯学習センターの建設を掲げ、一方新人は「北口には図書館だけを作る」と言う公約を掲げ、熱い選挙戦へと突入したのでした。結果圧倒的な勝利は新人であった横内正明知事が誕生し、その公約を実現すべく図書館の建設へと動き出したのでした。
この事で県の甲府駅北口に対する方向ははじめて決定し、甲府駅北口は山梨県の文化芸術の発信基地となると言う大きな目標が掲げられたのでした。

3−住民の力

  この地域に住んでいる住民たちは他の市域に比べてそれほど数が多いと言うわけではなく、むしろ開発途上の市街地と言うことで他の地域への移動が早く、少子高齢化による人口減少のさきがけのような地域になってしまっていました。しかし、現在の土地に愛着を感じ、継続してそこで居住を考える人々は、むしろ他の地域において市街地から流出する数に比べ非常に多い地域でした。この事は「何かやろう」と言う動きに対して非常に敏感であり、参加意識が高く且つその動きは自発的でさえありました。

平成11(1999)年には「ジャパンタイムス」によってこの地域が時代に置いてきぼりにされてしまっていると言う報道があり、それを元に取材に来た「TBSうわさの東京チャンネル」と言う番組は、放送日が4月25日日曜日であり、市長選挙、市議会議員選挙の投票日であり、もしこれが甲府市内に放送されていたら市長の信任票は1万票以上下回っていただろうとさえ言われている内容の放送でした。

しかし住民はこれをきっかけに新たに「サマーINきたぐち」と言う夏祭りを企画し、行政の補助なしに1万人を呼び寄せる祭りにまで拡大してゆくと言う快挙を成し遂げたのです。この祭りは住民参加で他地域から来訪者を呼び込み、北口の良さと楽しさを実感していただくと言う趣旨が入っており、当日の設営に始まり進行役、屋台営業、最後の片付けまですべてが住民の力で行われた祭りでした。また、祭りの日が日本テレビ24時間チャリティー番組と同日であったため、地元の放送局による相乗効果が十分出され、きちんとした舞台設営が行われた祭りでもありました。

このイベントは「区画整理事業推進委員会」が実質的にその目的を果たした事、推進委員会の主だった役員の自宅が区画整理事業の対象となり、当人たちが立ち退きや一時居住地を離れるなどの要因が重なり、一旦2年間のブランクはあったものの昨年再び復活する事となり、新たに「甲府駅北口まちづくり推進委員会」の事業として取り組みを開始しました。

平成11(1999)年のスタートから平成21(2009)年の新たな取り組みに至る10年間は、多くの地域住民の力の結集といっても良いもので、祭りにかける情熱はカキ氷だけでも最大1,400杯もの売り上げを計上するなど、まさに「ご近所の力」を見せ付けるイベントが繰り広げられたのでした。また幸いにもこの地域に所在した企業からは相当なる協力を頂き、東京ガス山梨(株)(当時は東京ガス甲府支社)様からは屋台用のガスを配管工事までしていただきながら無料で提供してくださったり、プロパンで点火する松明を2基このイベントのために製作して頂いたり。山梨文化会館にあってはテレビ・ラジオを通じてコマーシャルを積極的に流していただくなど、有形無形の協力が得られたことは非常に大きな力となっていました。

4−大きく動いたきっかけ

  この地域の区画整理事業と駅周辺整備事業が現在の方向へと大きく舵を切ったのは、上記に記した地域住民の動きに後押しされたことは言うまでもありません。しかし、平成15(2003)年、前市長の知事選への転出に始まり、新たに誕生した現在の市長がその政策の柱に「北口の開発」を掲げ、同時に国から「街中の再生」と言う大きな補助メニューが新たに示された事でこの事業が大きく進展することとなったのです。しかも国からの支援メニューは従来型のメニューではなく、5年間に実行することと言う条件がついた事は重要なインパクトになったと考えられます。

そこではすでに述べたように北口開発に対して一定の枠を区域内に設定し、進捗の度合いに変化をつけると言う工程が存在していた事から、スピーディーにこれらの支援メニューを受け入れる地合が出来ていたのです。

住民の力もこれに劣らず「自らのまちは自らで作る」と言う基本精神の基で、当初行った区画整理事業推進の署名活動は1回限りにして、後はひたすら自力でまちづくりを推進しようとしてきたのでした。一例として平成16(2004)年に独自で制定した「北口地区景観形成住民協定」は、その目的と必要性について次の様に示しています。区画整理事業と言うのはすべての該当地域住民が、住居を含めて動きます。その際、この地区が今後に対して一定の範囲で統一された町並みを作る。その為に、住民自らが協働して景観を作ってゆこうと言うのが趣旨となります。その趣旨に従い自らの建物に規制をかけ、自分たちが望む景観を作ると言う作業は非常に長い月日をかけた調整が必要ですし、お互いの気持ちを一つにしてゆかねばならないことです。と締めくくり、以下のような本文について当該地域住民全員で協定を締結し、市長に提出しているのです。

北口地区景観形成住民協定書

(目的)
第一条 この協定は、北口地区内の歴史的景観の保全と緑豊かで明るい街を作ることを目的とする

(協定の締結)
第二条 この協定は、第三条に定める協定の区内の土地所有者(当該土地について、建築物等の所有を目的とする地上権または賃借権[臨時設備その他一時使用ため設定されたものが明らかなものを除く。]が設定されている場合は、当該地上権または賃借権を有するもの)のうち3分の2以上のものの合意により締結する。

(協定の区域)
第三条 この協定の区域は、別紙区域図とする。

(景観形成に関する事項)
第四条 協定を締結したもの(以下「協定者」という。)は、協定の区域の景観が良好に保たれるよう、その維持管理に務めるものとする。
  (1) 建築物の外観について突出物を避け、屋上部分に建築設備を設ける場合は目隠し等を行う事。
  (2) 建築物の色彩については、原色を極力避けるものとする。
  (3) 街路の照明はガス灯または類似品を主とし、計画道路以外の部分についてもガス灯又は類似品を設置する事とする。
  (4) 緑の多い環境を整えるため、敷地内に植栽を行い維持管理に勤めること。
  (5) 門、塀は極力空隙のあるものに勤めること。
  (6) 居住環境を良好にするため清掃等に勤めること。

(協定の有効期間)
第五条 協定の有効期間は締結の日から10年間とする。
    但し特別の異議が無い場合は自動的に10年間の期限延長をする。

(協定の変更と廃止)
第六条 協定の内容を変更しようとするときは、協定者の3分の2以上の合意によるものとする。
    ただし協定の区域拡大については、拡大しようとする区域の3分の2(第二条締結と同一条件下におけるものとする。)以上のものの合意があれば拡大できるものとする。
(2) 協定を廃止しようとするときは、協定者の3分の2以上の合意によるものとする。

この協定書は住民が自らの地域を暮らしやすい地域として保持するために結んだものでしたが、これを提出された甲府市もこのまま見過ごすことは出来ず、結局甲府市景観形成条例の制定にまで進んでゆくこととなったのでした。
この他平成15(2003)年4月11日、北口の県道愛宕町下条線(舞鶴陸橋北詰から東方向、東京ガスの前を通って愛宕町方面)にアジサイの植樹を行っています。これは「アジサイで作る街づくり」と題して行ってきた活動の一環で、今年も「甲府東ロータリークラブ」様のご協力で、北口にワイン醸造用のたるを半分に切ったものを設置し、アジサイを植えています。 上記の報告記事では次の様にこの活動を報告しています。

この活動は継続して行っているのですが、都市の特徴として、コンクリートとアスファルトに囲まれた空間での植樹ですから、どうしても大き目の植木鉢、しかもコンクリートのフラワーポットだと夏の暑さで焼けてしまうので、今年もワイン樽を使った植木鉢に植えることとなりました。ちょうど植樹をしている最中、近所の女子高の学生が歩いてきました。この学校はキリスト教系の学校で今もセーラー服を着用、鉢いっぱいに咲いたアジサイを早く見せてあげたいのですが、後3年お待ちください。きっと学校の帰り道、あるいは今から向かう道で、きれいなアジサイに迎えられることとなるでしょう。特に雨が降ってじめじめしたときに気持ちをやわらげてくれるはずですよ、「いっぱい知識を身に付けてきなさい」と言わんばかりに咲いてくれるはずです。

 「継続は力」です、今年で3年目のこの事業で鉢の数も40になりかなり見ごたえが出てきました。これは木ですから毎年咲いてくれます、そして毎年増やしてゆきますから、きっと10年後には素晴らしいアジサイ街道が完成するでしょう。 そしてその頃にはこの辺りは街灯が「ガス灯」となっているはず、情緒のある町が完成しているでしょうね。あとはそこに暮らす人々が一生懸命「くらしてみたい街」にしていただくこと、つまり自分たちの力で自分たちの街を作ってゆく、そんな気持ちが大切になるのでしょう。

  このような継続した活動に裏付けられていた事が、きっと行政を動かしたのだと確信しています。その実際の例となっているのが北口へ設置された街灯に現れています。これは道路面の法定照度を満たすため黄色ナトリウム灯にこそなっていますが、この色とデザインがガス灯をイメージしていることは紛れもない事実なのです。 現在平成22(2010)年12月には甲府駅周辺整備事業の甲府市が担当するハード部分全体が完成する運びとなりました。同時進行で平成24年に完成する予定のNHK甲府放送局、山梨県立図書館、国による合同庁舎など、すべてがこの2〜3年の内に市民の目に飛び込んでくることになっています。

甲府駅北口区画整理事業推進委員会が発足して12年、勿論区画整理がすべて終了したわけではありませんが、住民の思いはしっかりと地域から芽を出し始めているのです。

5−ハードからソフトへ

  今後この地域に必用な事は前にも述べている「自分たちの地域は自分たちで作る」と言う基本理念です、この事を落とし込むにつけて「北口地区まちづくり推進委員会」の活躍に今後が期待されてくるのですが、従来のように年1回のお祭だけで良いのかどうかという基本が議論されています。
この地域ではいわゆる鎮守の祭りが必要でしたが、それ以上に住民が率先して係われる事業が必用になってきました。昨年(2009年)からは6月にホタルを見る会を開催し、そのため4月には藤川にホタルの幼虫を放流し、餌となるカワニナをまく事から始めました。昨年は初めての試みなのでホタルが飛び交ってくれるかどうかわからないと言うことで、大掛かりな宣伝はせずに会員有志の声かけだけで始めてみました。後でわかった事でしたが大事な幼虫をカラスが食べてしまっていたのです、そのためか当日は10匹前後が飛び交ってくれたのですが、会場となったサドヤ醸造所の駐車場ではおよそ100人が集まって「アッ、飛んできた」と大喜びでした。この会は「ワインとホタルを楽しむ会」として年間の恒例行事に加え、あと何年かしたら東京から電車で1時間半、県都甲府のど真ん中でホタルが見られると言うイベントにしたいと意気込んでいます。

次には恒例の真夏に開催した「サマーINきたぐち」ですが、これにも昨年から一工夫いたしました。開催日を土曜日の夕方に限る事で祭りが終了した後の来場者を北口の飲食店に誘導しようと言う試みです。そもそも商工会議所から「飲食店が入った商工会では認められない」と言う指摘があり、北口には商店組合がなかったのです。それならばこのイベントを利用して、周辺の飲食店をもっと利用して頂こうということで土曜日一晩の開催としたのです。もくろみは大成功で、6月に開催した「ワインとホタルを楽しむ会」に続き、祭りが終了した後の周辺飲食店はどこも大入りの盛況でした。しかもこの年は「ダンスカーニバル」と言う副題を用意し、フラダンスに始まり、ベリーダンス、そして最後はサンバと続けたことにより、観客も一体化した参加型のイベントになってくれました。この事はちょっとしたきっかけを作れば人は自然に集まってくれるという貴重な体験をすることが出来たのです。

そして秋には「十三夜の月と音楽の夕べ」と題して観月会を企画し、これも土曜日の黄昏時からスタートさせたイベントでした。毎回恒例となった近所のサドヤ醸造所さんにお願いし、ワインを楽しみながら十三夜の月と音楽を楽しむイベントと言うことで企画したのですが、おそらく甲府市では始めての「二胡と雅楽を生演奏で楽しむ」と言う企画が大いに受けたのです。開催した甲府市歴史公園の山手御門に連なる石垣をバックに小さいステージを組み、その上で演奏して頂いたのですが、石垣に反射する音と山梨文化会館にぶつかり反射してくる音が、非常に心地よい音として観客に聞こえたのでしょう。やはり中国4千年の悠久の歴史を感じる音色とわが国独自の1,200年の歴史を持つ雅楽は、人々を大いに魅了した様子でした。

今年からもこの3つのイベントを中心に、発展させながら新たな可能性を探ることが必要だと感じています。同時にイベントの数が増えたことは、まちづくり推進委員会の中にも、割り振りをしてそれぞれの持ち場を明確にしてゆく必用があるという認識が少しずつ生まれ、ちょうど過渡期の事業展開にはもってこいのイベントとなってくれることでしょう。

この様に行政が用意してくれたステージを使いこなすのが市民の役目だと考え、その中にあって自らの果たす役割がどこにあるのかを自然に見つけ出せるような工夫が今後の課題のひとつになるのではないでしょうか。まさに甲府駅北口にこれから必用なのは官の力ではなく、民の力、しかも創造する力なのです。しかもその創造する力は、新たなものを作り出すだけでなく、継続させる忍耐力も必要になってくるのです。
従来では自治会組織がこの様な力の主たる部分であったと感じています、しかし今後は一定範囲の強制力を持った自治会組織ではなく、独自性を重視した任意の組織がこれに取って代わる必要が出てきているのではないでしょうか。当然ながら任意組織は継続することには慣れていません、しかし何らかの力でこれを継続させる方法を考えておかないと正しいまちづくりは出来ないのです。そこには当然「有償の奉仕」と言う考え方が出てくるでしょう、つまり最初から法人としての基礎をしっかりと持ちつつ、自由にその組織を変更できるような柔軟性が必要になってくるのです。

6−これから

  以上のように甲府駅北口まちづくり推進委員会はそのもてる力を発揮しつつ、市民主体のまちづくりへとまい進して行く事となったのですが、これからの課題はただまちづくりを行うと言うだけでは終わりそうにありません。今後の大きな課題は、この事業をどのように継承し未来へつなげてゆくかにかかっていると言っても過言ではありません。同時に甲府駅北口にとどまらず、甲府駅南口との連携をどのように図って言ったらよいのかと言う問題にも直面してくるでしょう。これらの運動が駅周辺だけでよいのかどうかと言う課題にも突き当たってくることは目に見えています。それらの問題を一つ一つ確実にクリアする事は到底住民の力だけでは成し得ないとも考えられます。そのような時に、「いつ、どこで、だれと」連携して行くのか、この事についてもそろそろ一定の思考が必要になってくるでしょう。つまり「まちづくりはすべての市民が参加して行う終わりのない事業である」と言う事がきっと現れてくると考えています。

政治の世界で言うならば、首長を選ぶのは市民です、選んだ首長と共に手を携えて誰もが暮らしてみたいまちづくりをするのはやはり市民なのです。この様な原則をもう一度しっかりとかみ締めること、そしてその上に立って市民一人ひとりの要望や希望をかなえられる様な小さな組織こそまちづくり委員会になるのではないかと期待しています。そういう中にあっては一人の力は小さいものですが、決して侮れない力を持っているはずです。その繰り返しと継続こそ来るべき時代における行政と対等の力を持ったまちづくり委員会が誕生してくることとなるのでしょう。

7−終わりに

人々の心をひとつにした組織こそ何事にも動じない巨大な力を持った組織だと感じています、そこには私利私欲はなく、すべてがみんなのためにあると言うスポーツ精神に共通する心意気が存在しています。もとより何も無いところからの立ち上げは時として悲観論が先行してしまいがちです、しかし、何もないからやりやすいと言うのも一つの考えかもしれません。

これからも「甲府駅北口まちづくり推進委員会」はきっと楽しく、そして秩序あるまちづくりに精進してゆくことでしょう。そんな委員会に係われたというだけで私は楽しい気持ちに成れますし、益々協力体制をとらなければと力が入ってしまいます。 この様な人々がいるから、北口はまちづくりの先頭を走れるのだとこれからも自信を持って進んでゆけるような組織体であってほしいと願っています。

平成22年(2010年)4月
甲府市議会議員
野中 一二

Copyright(C) 2010 by NONAKA Ichini
野中一二事務所
400-0016 山梨県甲府市武田2-11-19
電話 055-254-4040  FAX 055-254-4042

[UP] [戻る] [北口まちづくり] [街づくりレポート] [ホームページ]