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「野中一二」の言いたい放題

2002年1月31日 たまには時の流れに身を任せて

今年もすでに1カ月が経過しようとしています。この流れを早いと思うのか、それともどのように感じるのでしょうか。充実している一日は短いとか、何もなく待っている時間は長く感じるなど、人によりその場の出来事などで長くも短くも感じてしまう。時間と言うのはそんな不思議なものなのです。

時間を決めるのに、かつては地球の自転や公転をもって決めていました。朝日が出たから仕事を始める、日が暮れたからもう帰るなどでしょう。古来、中国では暦の上に二十四節気という言葉があります、これなんかも昔から伝わる季節の替わりを表す言葉でしょう。このころが一番寒いんだよとか、この頃を境にして三寒四温で少しずつ暖かくなるんだよなど、日常の生活をする上では大体この程度の区切りで十分だったのではないでしょうか。

現在ではセシウムや水素などの原子から出るスペクトル線の周波数を基に原子時計が決めています。日本標準時は独立行政法人情報通信研究機構によって長波標準電波で送信されています、発信地は福島県田村郡都路村の「おおたかどや山」、佐賀県佐賀郡富士町の「はがね山」標準電波送信所から発信され、条件がよければおよそ千キロメートル離れたところでも受信できるそうです。つまり北海道から九州まで、日本列島全て。NHK の時報から、私どもの腕時計までこの電波を受信しながら正確な時を刻んでいるのです。

昨今「時が解決する」と言う事態が減ってきました。なぜか現代社会は白黒の結論を出したがる、たまには少々のグレーがあってもいいんじゃないか。こんな気持ちになる事が少し増えてきたような気がします、今までの私では考えられないのですが、これも時が経ち年を経た証拠かな。

いろいろな事でぎすぎすしたことが多くなりすぎです。もう少しおおらかな気持ちで毎日を送りたい、少なくとも自分の中に流れている時間だけはもうちょっとゆったりと感じていたい。そんなことをふと思っています。昨年暮の日本経済新聞のコラムで、次のように書かれていた記憶があります「高層ビルのてっぺんと地上では理論的にはごくわずかだが時間の流れが違う、大所高所に立てばメリハリの利いた時が流れ、おのずとけじめもつくのだろうか」。

野中一二、常に大所高所で物事見れるようになりたいものです。

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