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「野中一二」の言いたい放題

2004年6月23日 いよいよ明日公示

参議院議員選挙もいよいよ明日が公示の日になりました、この選挙は「公示」で「告示」ではありません。どう違うのかと言うと、国政選挙は国民に対して示すことだからでしょうか、すると私が立った地方選挙は告げることと言う意味でしょうかね。とにかく始まる前から投票率の低さが問題視されています、まだ公示も無いのにですよ。

特に若い世代の方々の投票率が非常に低い事が気になります、「これまでに選挙後に何かが変わったこともないから」とまで言われてしまっては、これは問題ですね。およそこのような意見を持っている方は「変る=自分の考える方向」とでも言う方程式が暗黙の中に出来てしまっているのか、もしくは「誰がなっても変らないから」という他力本願的な考えがどこかに潜んでいるような気がしてなりません。

選挙に行くという友人もいるが、政策や候補者がふだん話題にのぼることはない。と言う若い世代の方の意見も良く聞きますが、意外と私が話をする人(若い世代に限って言うと)はしっかりとした自分の意見を持っている方が多くいますよ。だから政治の話になっても結構シビアな意見が出てきます、ほほーと感心させられるときがしばしばですね。

中には「政治に興味がないのに、政策を知らずに投票する方が無責任ではないか」と言ったことを仰る方もいますが、ならばその政策がここにかいてあるのでよく読んでみてくださいというとほとんど読んでくれない。

この国を動かしているのは官僚だと言い切ってしまう方もいます、しかしその官僚は受験戦争という戦いを勝ち抜いた人ではあるでしょうが、市民の代表として選ばれた人ではないのです。ゆえに御身大事でこの国の方針が決められてしまうとしたら、それでもこの国の市民は納得するのでしょうか。

じゃんけん理論と言うのがあります。政治家がグウ、官僚がチョキ、市民がパーとするといくら官僚が自分でこの国の方針を決めようとしても政治家が「ちょっと待て」と牽制する事が出来ますね。しかしその政治家は選挙によって選ばれる訳ですから、市民がみんなでパーを出すと政治家にはなれません。

その市民も勝手に騒いだ烏合の衆と化してしまうと官僚が法律を持ち出して規制されてしまいます。この様に必ず力に対してはその抑止力が働くように社会のしくみが出来ていると私は考えています、その力が正しく働くように政治家を決めるのが「選挙権の行使」という行動なのです。

誰がなっても変わらないというなら、どうぞあなたが成ったら如何でしょうか。その言葉を発した時点ですでに何かに洗脳されているような気がしています、それがワイドショーの世界であるような気がしているのですが、取り越し苦労であって欲しいものです。

今日のメルマガの記事をもっと詳しく解説しているページがあります。http://www.hirake.org/mukan/sub-kini.html 一度ご覧になることをお薦めいたします。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成16年06月23日・第73号所収

告示と公示の違い、答えは日本国憲法にあります。
「第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。」の中に「四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。」として天皇の国事行為としての「公示」です。その他の選挙では公職選挙法(第三十三条第五項)により選挙管理委員会が「告示」することになっています。

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