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「野中一二」の言いたい放題

2004年9月23日 銀ブラしながらの調査

9月21日、時間が有ったので思い切って電車に乗り「銀ブラ」としゃれ込みました。

意外と近いものですが、いつも甲府の街をバイクで回っているという訳には行かず、結構歩き回りました。やはりわが国の道路計画、そして都市計画はここから出たと言っても過言ではないでしょう。

有楽町の駅周辺の雑踏を避けて、数寄屋橋の交差点に向かい、そこから銀座6丁目辺りをくまなく見て回りました。最近海外の有名ブランド品店が数多くこの地に出店していると言う事でしたが、その数には圧倒されました。一見パリ? しかしそれにしては歩道にせり出しているカフェが無いな、イタリア? 車の騒音は有るけれど大げさな話し声は無いな、これが銀座なのでしょ う。

銀座の裏通りの古い建物
銀座の裏通りの古い建物

一本裏道に入ると気付かなかったような古い建物が結構ありますね、おそらく戦後に建てられて周囲が改築してゆくのにちょっと遅れてしまったような建物がです。それも普通の視線だけで歩いているとまったく気がつかない、あるいはこの様な店ほど夜の帳が下りるころにはそれなりに美しく見えるのでしょう。

さて、本日の本題でした。「街路樹と街灯」について、ここでは各ビルや商店からの明かりで道路照明はそれほど必要が無いのかもしれません。もちろん国道には一定の照明基準があり、それに合うようにするためほとんどが水銀灯で装飾されていましたね。「柳とガス灯」に関しては残念ながらこの街ではちょっと不似合いのようです。但し街路樹としての柳はまだ健在です、しかしそれもたとえば「和光」の前辺りでは道路幅が6車線と広く、しかもそれにプラスする歩道と言う事になればケヤキのような大木が茂る風情のほうがしっくりとくるのでしょうか。日中でしたから照明についてもその明るさは見当がつきませんでしたが、数寄屋橋の柳とすらっとした円筒状の明かりはなんとなくマッチしていました。

ここはやはり銀座ですね、おそらく高度成長時代には日本中がこの街のような賑わいがくる事を信じて「○○銀座」というようにその商店街を命名し、現在でも街路名変更をせずに「シャッター銀座」となってしまっているのでしょう。しかし本家本元は不動の街の姿です、もっともここが閑散とするときは日本の最後なのでしょうが。

外堀通りの照明と街路樹
外堀通りの照明と街路樹、建物は東芝ビル(数寄屋橋阪急)

このくらいの道路幅があれば「プラタナス」の街路樹もよいかなと思いました。ある建築雑誌で見たのですが、日本では公園や学校のグラウンドに植えられているプラタナスですが、フランスでは街路樹としても使われている例があるそうです。しかも日本の樹木剪定のように直立不動に枝落ししてしまうのではなく、タイの民謡を踊る女性の手の動きのようになまめかしく、妖艶に幹を残す事が出来るのだそうです。それにより秋に落葉した後は幹がなんともいえないその街のオブジェとして街路を飾っているのだそうです。

これもある程度の歩道幅が必要なのでしょうが、たとえば甲府市の木は「樫の木」だからといって無造作に樫の木を植えてしまえばよいと言うものではないようです。この街路樹の選定についても、当然地域住民(特に生活者)の声を反映させる事はもちろんですが、この街づくりに対して皆さんが望んでいる事は何でしょう、と言った原点からの追求も必要となってくるのでし ょう。

日本の街路政策の原点とでも言うべき銀座、さすがに趣がありました。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成16年09月23日・第81号所収

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