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「野中一二」の言いたい放題

2005年9月27日 経済と政治(行政)

一昨日のテレビ番組では実に考えさせられる言葉がたくさん出てきた。日本の流通業についての話であったが、その会社が持っている一つのノウハウを、実に巧みに演出していたのだ。この中では日本人を「移り気で物怖じしない」と表している、また「個を大事にしながら、付加価値を見つけ出してゆく人々」とも表現していた。

そして番組を見ながら考えていた事が、実はバブル以降に起きてきていた日本の消費の現実だと言う事。同時にほぼ連動して実際は無関係なように見えている政治の世界での動きなのだと言う事、やけに納得してしまった自分自身であった。

多様化した価値観を、消費者はバブル時代に見つけてしまった。それは踊らされて買ってしまったのかもしれないが、それにしても従来の購入品目とはまるで違う品質とデザインを兼ね備えた品物達であった。そこには自分を主張するのに無くてはならない一流のアイデンティティーと、一旦自分の物にしてしまうと、いわゆる使い捨てから使い回しへと愛着を感じるまでの個性の主張が感じられる品々がきらめいていたのである。それらの商品群を一度手にした人々は、もう決して「ワゴンセール」の品々や、○○○円均一と言った商品にはめもくれずにその場を通過してしまう。そして日頃の下着一つとっても、それこそ十分に個性を発揮出来る品々にだけ心を奪われるようになってしまっていたのだ。まして、外観が衆目の前に晒される商品となると、もう一定の自身の許容範囲以外の商品には目もくれなくなってしまったのである。

すでに数々の品物は家庭の箪笥から、そして居間から溢れ出してしまっている。その様な人々がスーパーやデパートに行って棚やハンガーから溢れるように並んでいる商品を見たとき、一体誰が心から買い物をしたいと思うのだろうか。「今あなたの求めている品物はなんですか」と言う質問に対して、すぐにこたえが出る人は少ないに違いない。つまり物はすでに飽和状態にあるのに、心の中は「何も無い」と叫びたい人たちが巷を埋め尽くしているからではないのか。

一方では「一体何を売ればよいのか」と言う従来型の商店主、そして価格で勝負しようとしているスーパーマーケットと同じく価格で勝負しようと、自らの人件費を勘定外において値段を下げ、「儲からない」と嘆いている人。本来は「何を売ればよいのか」ではなく、「どのような付加価値をつけてゆけばよいのか」と言う本質の部分から錯誤している人。これでは最初から勝負にならないではないか。IT時代がやってきた、と口先だけで言いつつ、自身の店先では旧来のただ勘に頼る手法だけにとどまっている人。これでは最初からけんかに負けている。

そんな時代に光明を見出せるのが「政治」なのではないか。但しここでも上段で述べた経済原則にのっとって、個の時代を大切にしながら、しかも政治に対して価値を見出せるような政策が必要になってくるのだろう。

そこで重要になってくるのが、自由主義という政治の基本である。つまり個人主義、であり自己責任で物事が行われる、そして市場原理に基づく経済原則と言った原理原則が、多くの国民に賛同されたのではないだろうか。本来的には自由主義と保守主義は対立構図を描くものなのだが、今回の選挙のように伝統や習慣、または利権と談合と言った過去の呪縛から解き放たれたような政策を打ち出してしまうと、敵はいなくなってしまうのだろう。どうもこのあたりを的確に理解していたのが、小泉政権だったのではないか。

今回の衆議院議員選挙のはじめから、山梨県連の対応や民主党の対応を見ていると、このあたりの原則にのっとった改革手法は残念ながら見えてこなかったようである。まあ、私なんぞがこのような理屈を言っていると笑われてしまいそうなので、この辺りで一定の総括としたい。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成17年09月27日・第116号所収


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