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「野中一二」の言いたい放題

2006年3月4日 お土産考

旅へ出るとその訪れた先の景色や出会いに心が躍るものである。それと同時に旅先でめぐり合うその地の食べ物や、さりげなく行っているのであろうが普段の自身の生活と違う習慣など、どれをとっても日常を忘れさせてくれる数々に思い出がこもるものである。もう一つ、旅先でのお土産あさりと言うのも、これもまた実に楽しいものである。

Aさんにはこれが合うだろう、Bさんはこれのほうが良い。などと思いを巡らせる事は実に楽しい。しかし、時間が無かったり、あるいはどうしても義理で買い揃えるお土産あさりはこれはつまらない。往々にして義理で購入したお土産でかばんが膨らんでいるときの重さは、肩にもずっしりとその重さを感じるものである。もっとも宅配便などで送ってしまって、家に着いてから「そうそう、買った土産があったっけ」などと思い出してそれを届けると言うパターンはこれに属する事が多いのではないか。一方、前者つまり最初から届ける人の顔を思い出しながら購入したようなものは、かばんが膨らんでいてもその重さは気にならないことが多い。むしろ、購入後は届けたときの顔を思い浮かべて「どんな顔で受け取ってくれるかなあ」などと思いをめぐらせ、またそれはそれで楽しい時間となるものである。

ではなぜここでお土産を購入するのだろうか。一体お土産を持って帰るというのはいつ頃から始まった週間なのだろうか。これは全くの私の独り善がりなのだが、お土産と言うのは「その土地に行ったと言う証」ではなかっただろうか。

昔、旅に行くということはそれこそ命がけの行程だっただろう。ただひたすら足を頼りに歩く、もしくは馬などを使い、頼れる地図も無く一体その行程にはどのような試練が待ち受けているのか皆目検討がつかないような中で、目的とする場所にたどり着くと言う事は至難の業であったに違いない。まして町民が一人で行くなどということは命を捨てにゆくといっても過言ではないほどの苦行だったに違いない。その様な中で土産と言うものが、行程を走破したと言う証として用いられた事だろう。

時代が少し進んで15世紀頃になると、その様子はかなり変わってきただろう。人口もある程度増えて人々の行き来も盛んになってくると、その移動距離は飛躍的に増加して、現代の私たちが移動する距離とほとんど変わりないほどの距離を人々が行き来するようになってきた。しかしやはり移動すると言うのは金もかかり、やはり町民にとってはそう簡単に出来る事ではなかっただろう。この事は「富士講」や「お伊勢参り」などに習慣として残っているので現在でも確認できるのだが、そこで登場するのがやはり「土産」であろう。行ってきたと言う周囲に対する自慢が品物として配られたに違いない、あるいは行けなかった人たちに対して、気持ちは一緒に行って来たよという優しさであったのかもしれない。

とにかくこのようにして土産と言う習慣が残ってきたのだろうと私は考えたい、「土産話し」と言う言葉もあるように、きっとこれらの優しさから出てきているのがこの土産と言うものなのではないだろうか。

昨今修学旅行などで出かける折に、まだ出発していないのに旅行社からご当地「土産品カタログ」なるものが届けられる。海外に行くときにはやはり現地土産と言ったカタログが届いてしまう。これでは今からせっかく行こうとする気持ちを半分以上損なってしまうのではないか、荷物の重さを感じながら帰ってくると言う事も楽しみの一つと言う事も忘れられてしまいそうである。あまり便利にならないほうが良い、まして、旅行と言うのは行ってみて初めてわかるというのが良いと感じるのは私だけなのだろうか。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成18年03月04日・第129号所収

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