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「野中一二」の言いたい放題

2006年4月30日 自治基本条例フォーラムを終えて

過日の「みんなで作る自治基本条例」と言うフォーラムに参加して、私が考えたこれからの議会のあり方と議員の姿はどうなってゆくのだろうかと言う事について、まとまりがつかないままこのメルマガに書いてみました。今回のフォーラムに出席した事は、あらためて今までの活動を含め、自分自身を冷静に見つめるとてもよい機会だったと感じた次第です。(ホントにまとまっていませんが、思いつくままですみません)

地方議会における基本とは

二元代表制を踏まえ、地方政治・行政の活性化を推進する議会を目指す。

これからの選挙は政策が中心になってゆかねばならない。一地域の代表としてではなく、市民とともに自治体の将来を語ることのできる議員を市民の手で作り上げる事こそ必要な事である。そこでは今まで以上に市民の厳しくも冷静な判断と言うことが非常に重要なファクターであり、権利としての選挙権の行使から、責務としての投票行動へと市民サイドの変化が要求されてくるのでは無いだろうか。

議会の仕事はイエス・ノーの判断だけでなくルールをつくること

議会の最大の責務とは、立法機関として自治体のルールをつくること、つまり条例を制定することではないか。そのためには自治会単位と言うのではなく、もっと広くしかも理にかなった政策論議をする事が重要なのであろう。その結果として産官学による交流が促進し、かつ従来の権力を背景にした統治的政治形態から、合意・協働を背景にした市民による市政の推進という形が取れる事となるのではないか。。

今までに無い新しい価値を創り出すことこそが地方政治家の仕事ではないだろうか。

また、そうしてゆかないと地方政治・行政に対する住民の信頼性は高まらないと言える。同時に政治に携わる人々は、常に市民に対し希望と夢を提供する事が非常に大切な気がするのだが。

背伸びせず地域に合った地方議会の推進を

従前の議会はチェック機関というより、むしろイエスかノーかによる追認機関としての傾向が強かった(そしてその殆どがイエスであった)。

これからは、行政機関と共に、財源を含めて地方の課題を地方自らの力で解決するようにならねばならない。つまり市民に対して夢を与えると共に、応分の負担の必要も説いてゆくということをしてゆかねばならない。

すでに地方分権一括法によってある程度国と地方が上下・主従の関係から対等・協力の関係になっている。同時に自主自立が地方政治の世界でも求められる、このことこそまさに地方政府の黎明期に突入したと言っても過言ではない。

その様な動きの元で議会が条例をつくり、執行権者に実行を迫ることは、行政のあり方に対しいて大きな風穴をあける事となる。まさに首長の執行権に匹敵する、あるいはそれ以上のおおきな力を発揮できるのである。議会・議員も、自分たちが掲げる政策について大議論をして、執行部に実現を迫ってゆく、そういう努力を今後は行う必要があるのだろう。なぜならば議員が選挙に立候補するに当り、市民に対してそれなりの町づくりのビジョンをそれぞれ掲げて市民の投票行動に理解を得ようとしているではないか。その様な背景の中にあって、無事当選した議員は賛同してくれた住民を巻き込み一緒に議論し、まとめ上げ、付託された住民や地域の思いを議員提案で形にすることは当然のことなのだ。

北川正恭 元三重県知事、現在は早稲田大学大学院教授 (この文章を書いているうちに、私も何度かの講演会を聞いているうちに、ずい分頭の中にある「行政と議会と市民」と言う関係が『北川』イズムに洗脳されてきたのかなあと感じました。2005年「清渓セミナー」2004年「清渓セミナー」2003年「清渓セミナー」

自治基本条例をつくる過程では、おおぜいの住民たちが参画し、それぞれの権利と義務を議論し、個人だけでなく甲府のまち全体における関係を整理する作業を繰り返しているようです。そのような議論の中から、新しい甲府の町に対するガバナンスの概念を創り出していくことも分権時代には求められているのでしょう。

この会から一体どのような条文が議会に対して求められてくるのでしょうか、楽しみな部分です。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成18年04月30日・第139号所収

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