活動 | 議会 | 街づくり | 環境 | 言いたい放題 | プロフィール | ホーム | 戻る

「野中一二」の言いたい放題

2006年6月3日 新甲府市誕生記念植樹の集い

板垣山
松食い虫の被害木

本日6月3日、甲府市が合併して新しい甲府市になった事を記念する「植樹式」が開催されました。場所は板垣山、ちょっとなじみが無いかもしれませんが、善光寺町北部、積翠寺町東部にある山です。ここは国有林およそ1,200町歩の一角で、そのうち今回はおよそ30町歩を国から借り受けての植樹となりました。昨年までは「水源林祭り」として行っていましたが今年はこれで、山梨県中小企業団体中央会との共同開催でした。

一帯は現在のところ赤松が多めに生えているのですが、第一期では白樫の林があったとの事です。この赤松、松食い虫の被害を受けて下から見る山の色はレンガ色のところが非常に多く、その甚大な被害が現場でも確認できました。現在第二期の赤松林は、実際のところ人手不足から手入れがされているとは言えず無残な群生ですが、その下には小さな白樫の幼生がちゃんと根付いていて、これらは上を覆っている赤松が払われると一気に大きくなるんだそうです。この話は以前富士吉田にある県立環境研究所で聞いた事と全く一緒で、何かのきっかけで上を覆っている植生が払われると一気に下にある幼生が大きくなると言う話と一緒でした。幼生と言うのは樹高が20センチ程度ですが、すでに40年とか50年経っているのだそうです、自然の力ですね。

板垣山
朝の職員訓示
部長が職員に安全確認を徹底するよう
指示を出しています

今日植樹したのはシラカシ、シダレザクラ、イロハモミジ、クヌギ、ケヤキの5種類。それぞれ指定の場所へおよそ一人3本づつ、集まった人が560人ですから1,500本以上の植樹をしたことになります。臨時のバス停からおよそ30分の徒歩行程は皆さん結構きつそうでした。

さて、「板垣山」と言うこの山名はその地名から来ており、このあたりは明治初期に西山梨郡板垣村と呼ばれていたそうです。板垣退助は、旧姓を「乾退助」と言ったのですが、明治の初期、甲府城を明渡すよう官軍としてこの地に入った折に、「我の遠祖は甲斐武田家の重臣であった板垣駿河守信方である」と言い放ち、それ以後「板垣退助」と名乗るようになったと言う話も残っています。甲府城の無血開城を迫ったときに、武田氏の末裔だから悪いようにはしないと言う事を民衆に訴えたのでしょうか、その事の真意はわかりませんがこんなえにしもある名前なのです。

板垣山
参加者の方々

最初は広く感じた植林地も、一斉に参加者が散らばるとものの30分で植樹は終わってしまいます。いつものサービス品の豚汁も「まだ芋が煮えませ〜ん」と言う始末、それでも予定時刻の11時30分には無事配布終了でした。残念なのは「平地」が殆ど無いので、お弁当はひざの上に開いてほおばるのが精一杯。それでも満足なひと時を過ごせたのではないでしょうか。私が祝辞で話したこの上には岩堂峠があり、左へ行くと積翠寺温泉、右へ行くと岩下温泉と言う事を一生懸命聞きに来ていた方もいらっしゃいました。

板垣山
広い山もたちまち植樹完成

「日帰りの北部散策」、ここに書いてあるコースを逆に善光寺方面から登ると、今回の植樹の集い場所へ出ます。

一度植えた木々が、元気で生長しているか。植樹の後は「育樹」が大切という市長の挨拶のように、時々きていただけるとうれしいですね。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成18年06月03日・第142号所収

[言いたい放題] [ホームページ] [戻る]
Copyright(C)2006 by NONAKA Ichini