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「野中一二」の言いたい放題

2006年6月27日 竹日向町をご存知ですか

竹日向町
竹日向地区

甲府市竹日向町、と言う地名があります。昇仙峡へ向かってゆき、グリーンラインから滝上を目指す道路沿いのドライブインを過ぎたあたり、地名としてはここもそうなんですが、県道から右に曲がり、市営林道をしばらく行くと二股に分かれています。左へ行くと高成町(タカナリチョウ 〒400-1214)、そして真っ直ぐに行くと竹日向町(タケヒナタマチ 〒400-1215)へと続いているのです。

人口10数人(平成18年4月1日で16人と言う数字だが、甲府市街地へ移転して暮らしている方もすでにいるとの前提で10数人とした)、世帯数5と言う小さな集落です。余計な音は一切聞こえません。ただ集落の端を流れる小川のせせらぎと、今を盛りと飛び交う鳥たちのさえずり、そして風にそよぐ木々の葉のすれあう音だけです。それ以外を望んだとしたら、自然からはみ出してしまいますね。

集落の形は、いわゆる「扇のかなめ」状に山に囲まれた一点に数件の家が寄り添うように建っている、そんな姿を想像してください。左折して高成町へと出ると、そこには約20人、12世帯ですから、こちらのほうが大きい集落です。共に以前は林業の前線基地として、昭和30年には竹日向町でも18世帯、110人の人々が暮らしていたそうです。

今日は梅雨の中休み、くっきりとまでは行かなかったけれど、久しぶりの青空が覗いたので初夏の昇仙峡へと足を伸ばしてみました。ついでに寄ってみたのがこの竹日向町というわけです。さすがに6月の最終、しかも火曜日となれば昇仙峡は閑散としていました。

竹日向町
本日の覚円峰

「今年は三つ葉つつじにもお目にかかれず」などと独り言を言いながら、それならいっそのこと以前来た林道へと足を向けてみたのです。荒川ダムから能泉湖をぐるりと回り、ダム建設のときの石切り場だった「ロック山」へと向かい、そこから高成林道を下ったというわけです。

ダムへと続くこの道は、ここ数年「昇仙峡観光協会」主催の桜を植える会に参加した方々の名前のついた桜の木が、並木を作っています。

「2000年発 未来の甲府へ」にも登場してきますが、桜の葉は富栄養化しにくいんだそうです、だからこのようなダムの周りにはもってこいだと言う事です。でも、本当は自然のままの植生を生かした第一種混合広葉樹林が一番適しているのでしょうが、それだとダムに負担をかけてしまうのでしょうかね。ダムと人間の係わり合いは、長くなりそうなのでまた別の議論にしましょう。

高成林道から入る集落は、いくつかの小さな畑を回りに配して、沢沿いの片側に並んだ家が張り付くように建っているように見えます。残念ながら高齢化が進み、いくつかの家は放棄されて朽ちているのが哀れに感じてしまうのですが、たまの晴れ間を利用してか、元気に田の草取りに精を出している老夫婦を見かける事が出来ました。

竹日向町
竹日向公会堂

なぜ今竹日向町かと言う事ですが、甲府市は今回の合併で上九一色村北部地域を吸収いたしました。そして数々の振興策を打ち出してきているのですが、どうも地元住民に歓迎されているのかどうか、もう一つ実感が湧いてこないのです。そんな折、この甲府市北部をもう一度しっかり見ておくことで、何かのきっかけがつかめるのではないか、そんな思いで今日の調査となったのです。

たまたま竹日向町では、おばあさんが昭和30年に撮った写真があるといって、私を家に連れて行って写真を見せていただくことが出来ました。確かにちょっとピント外れでしたが、そこには元気があるこの地域の姿がしっかりと映っていました。周囲の山はすっかり開墾され、綺麗な段段畑が連なって里山風情をかもし出している写真でした。おばあさん、となりの集落であった塔岩集落(今では無人となっている)まで往復1時間かけて歩いて田を耕しに行った事など、昨日の事のように話してくれました。このような元気に暮らす人々を見るにつけ、合併の基本は何なのか、この方々を何がこの地に引きとめているのか、などなど、つのる思いを後に盆地に戻ってきました。

それにしても今日の暑さはなんだろう、竹日向にはエアコン要らないなあ。

メールマガジンに書かなかった補足です−−−やはり町の真中には消防火の見櫓(安全)と学校(安心、ここでは学校を作るほど子供がいなかったから公会堂なんでしょう)、一帯が見渡せる高台にありました。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成18年06月27日・第145号所収

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