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「野中一二」の言いたい放題

2006年8月24日 候補者選びの基準

昨日、山梨県内の若い方々の主催する会合へ出席したのですが、「日頃の活動など、情報をもっと公開して戴かないと、基準がない」と言う発言がありました。そして私に替わってある方が答えてくださったのですが、インターネットなどを使って活動報告を公開している議員は非常に少ないのが現実。しかしそこにはネットを使ってそれらの情報を見る事ができる人がそれ以上に少ないと言う事ではないか、その上その方々は実は投票率が非常にわずかと言う事も現実にある。「その国の実力を知るには指導者と議会を見れば解る」と言う言葉まで使っていました、これは私にとっての大きなエールなのでしょう。確かに「俺の親戚だから一票、あるいはあの人から御願いされたから一票」と言う形で全て決まってしまうと、その国の実力が発揮された事になるのかなあと、思わず来年の統一地方選挙のことを考えてしまいました。

本来の理想は「私はこういうことを成し遂げたいので、支援を御願いしたい」と言う形でロジックが組まれ、そして当選した暁にはしっかり成し遂げると言う形が理想なんでしょう。これがいわゆる「マニフェスト」だと思っているのですが、どうもここに辿り着くには至っていないのが現実のようです。三重県の元知事であった北川正恭先生(現職は早稲田大学大学院教授)が唱えた「北京の蝶々」で有名になったのですが、カオス(混沌)の論理をこのマニフェストの提唱につなげて現在でも活躍しているのを見るにつけ、もう変わる時期なんだと言う思いがこみ上げてきています。

ただ変わる時期と言っても実際は戻る時期とでも言うのでしょうか、明治以降の政治の流れを見ていると、以前は殆どこの方法で行って来ていたのが日本の政治だったと思えるのです。ヨーロッパ特にイギリス型の政治を目指したのが明治時代、そこに原点を持ちながら、意外と先端を走っていたのがわが国の実状だったのでは。すると制度変更が何度となくあり、その都度不思議な方向へ曲がっていったのでしょうか。どうやらここにも敗戦と言う大きな節目で何かが変わってしまったわが国の心のあり場所が感じられます。大和民族は実に官に対して従順だったこと、そこには実は農耕民族のシタタカサが隠されていたのでは、などと推測をめぐらせていると次第に見えてくるものがあります。

それにしても、4年に1度の評価される時期が近づいてきています。ここは避けては通れない私としては、何か新たな手段を講じてと言うわけにもゆかず、粛々と日々雑般をこなしてゆくだけしか出来ませんねえ。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成18年08月24日・第149号所収

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