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「野中一二」の言いたい放題

2006年10月27日 政治家とは一体何者か

孔子の論語の中のこの言葉を耳にされたことがあると思います。「子曰、民可使由之。不可使知之。」
読み下すと、「子(し)曰(い)わく、民(たみ)は之(これ)に由(よ)らしむべし。之(これ)を知(し)らしむべからず」となります。

この論語の意味には、「通説」と「俗説」があり、「人民は黙って政治につき従わせておくべきで、いちいち内容を説明すべきものではない」。官僚主義などの批判にも使われる、これは、実は、俗説なのです。

正しくは、「人々を施政者の政治・施策に従ってもらうことはできるが、一人ひとりにその内容を事細かに理解してもらうことは難しい」というものです。

もう少し詳しく解釈すれば、「施政者は、その政治・施策について人々に伝えるよう不断の努力と工夫をしなければならない。しかし一つひとつ詳しく理解してもらうことは、現実的に難しい。それゆえにこの人の言うことなら間違いなかろうと信頼されるよう、常日頃から一挙一動に誠心誠意を込めて努めなければならない。」となるのでしょう。

最近の知事候補推薦による自民党山梨県連の態度を見るにつけ、また多くの議員達との接触が続く中で、改めてこの一節の意味をかみ締めたところでした。

「すでに旧態化している選挙手法じゃないのかな」と感じてしまう事や、現代のネット社会においては情報を隠すなどという事は到底出来ず、むしろ多くの情報を適切に判断しながら提供する事で政治に対しての共有感を出してゆく事が大事なのでは、と考えたりもしています。

「知らしむベからず」はもうできないという事、「よらしむべし」も何もなければよってこない、ゆえにこれからはこうなると言う夢とビジョンをしっかりと持ち、その上で日常に我田引水とならないような活動をしてゆかねばならないと、わが身を引き締めているところです。

それにしても小選挙区の衆議院、全県一区の参議院、市町村合併による新しい区割りの県議会議員、そして末端で多くの市民と直接接している市町村議会議員。それぞれ様々な思いの中で日常の活動を行っているんだなあと、改めて日頃の大切さを感じ、私に置き換えて反省したところです。

しかし忘れてはいけないのは、常に自身はぶれていないだろうか。目的意識をしっかり持って活動しているのだろうか。そして私に付託をして頂いた方々に対して背信行為は無いのだろうか、これら全てが日々精進なのかと自問自答をしてみました。およそ半年後に来る試練に際し、そんな思いを今日もまた活動を続けてゆく糧としながら進むべしと感じたところでした。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成18年10月27日・第154号所収

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