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「野中一二」の言いたい放題

2007年1月23日 知事選の見方

現職を4万7千票以上離し圧倒的な勝利を飾った今回の山梨県知事選挙は、大きく分けて3つの側面を持っていたといえるのではないか。

1−現職の評判が極めて悪かった。
2−イメージ選挙が、組織選挙を破った。
3−ネット情報が非常に確度が高かった。
と言う側面である。

 従来は2期目というと磐石な体制で望む場合が多いのだが、前回の知事選が3択選挙だったしこりがそのまま残ってしまい、せっかくの4年間が徒労に終わったような結果としか写ってこないのは私だけではないのだろう。前知事の事業継承という大きな流れから脱却できず、自分らしさが何も示せなかった事からこの様な結果になったと言い切っても良いのではないか。その上前職である甲府市長時代の不祥事が相次ぎ、後継者とした市長の評価は非常に高い信任を得たにもかかわらず、全く風が吹かなかった。これは事実にもとづき県民が判断した事だから何もいうすべは無い。

 県内600以上の各種団体の推薦を得ながら、実際にはそれら団体をまとめきれなかった事から来た想像以上の敗北は、団体とそこに所属している構成員は「別物」であるという事実を如実に物語ってしまっている。

つまり実際に投票行動を行っているのは団体ではなく「県民という個人」そのものであるのだ、その人々は上下関係のしがらみに生きているのではなく、一人一人が個人として山梨県を構成しているということを改めて思い知らされた。そしてその人々に訴えるのは、制約や所属している事から来る義務感ではなく、個人が感じるイメージからこの行動は来ているのだろう。実際「ほっとけない」と「ゆるさない」では、前者は一人一人を奮い立たせる効果があるが、後者ではいわゆる縛りが感じられるコピーなのだろう。

 地方紙、全国紙にそれぞれ5段抜き程度の大きな記事として「ネット選挙報道」が期間中取り上げられていたのだが、現職が1に対して挑戦者は9程度の情報がネット上を流れていた気がする。この差が投票行動にどのような影響を及ぼしたのかは不透明だが、おそらく投稿者たちは一定の判断をもって支持した候補があり、他の書き込みにも敏感に反応していたと思えてならない。

これは従来に無い政治の流れを作り上げてゆく大きな武器として益々重要な位置を占めてくるのではないか、先の衆議院選挙においてもそうだったのだが、総務省の柔軟で理解ある対応を実際は待つしかないのが現状だろう。しかしそうした中で今回の選挙期間中に垣間見たネット情報は非常に真摯なものが多かったのが気がついた。従来は誹謗中傷があたりまえという匿名性の闇に包まれたような世界であったが、今回の数々の投稿や情報を見る限り「ネチケット」もずい分浸透してきたなと感じたものだ。この事はネットに対する市民感覚が熟成してきたという側面をも見る事ができるのではないか、つまり日本のネット社会も本物になってきたということだ。

以上のような報道では取り上げないような今回の知事選の見方も、時として必要になってくると思える。まして今年は統一地方選挙の年であるのだから、今後に予定されている県議会議員選挙、そして市議会議員選挙などでは、どのように戦いを進めてゆけばよいのかが少しは見えてくる気がしている。但しイメージとネットだけでは何も生れてこない、そこには事前のしっかりとした準備と周到な計画が必要な事は言うまでもない。

但し野中一二はどうもこの後まで学習効果を活かすことが出来ないのが難点なのかな。だから「えらそうな事ばかり言うな」といつもお叱りを受ける事となる。

メールマガジン『野中一二の人は石垣、人は城』 平成19年01月23日・第158号所収

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